出会いなんて――‥いつ、どこにあるかわからない。
きっかけはソフマ○プ!
出会ったのは雪降る夜。
格ゲーの最新作が駅前のソフマ○プで無料体験できるっていうから行ってみたんだ。
スエットの上にベンチコートを着て、寒いのを我慢して駅まで歩いた。
インドア派のあたしには辛かったけど、格ゲーのために頑張った。
いざソフマ○プに着いてみると、そこには武蔵野森学園の生徒が2人いた。
小さな子供みたいに騒いでいるでっかいのと、コントローラー片手にかったるそうに指を動かすタレ目なガキ。
キャラの動きを見て、子供っぽい学生がかなり上手いことに気付いて、彼と対戦してみたくなった。
「よっしゃー!記録更新〜」
「………」
勝敗が決まり、喜々としてガッツポーズを取るでっかいの。
負けたタレ目学生は、震えるほどコントローラーを握りしめている。
確かにあそこまで綺麗に負けたら悔しいだろう。
「三上先輩なりによく頑張った方ッスよ」
そう言ってのけるでっかいの。
ミカミ先輩とやらは右手を振りかざして‥思いっきり下ろした。
ゴンッと聞いていて気持ちいい音が響く。
でっかいのがしゃがみこんだ。
「(あたしの対戦相手が!!)すみませんが代わってもらえます?」
「あ゛ぁ?なんだよ」
彼は今、とてつもなく機嫌が悪いらしい。
声をかけただけなのに睨まれた。
…別にガキに睨まれても怖くないよーだ。
「そんなに睨まないでくださいよ。あたしはこのゲームやりたいだけなんですから」
「…おいバカ代退け」
「何でッスか?‥いで!!」
再び振り下ろされる手。
元気がいい少年は地面に伏した。
「お前、俺の相手しろ」
命令文できっぱり指を指すミカミ先輩とやら。
こいつはジャイ●ンみたいな俺様な野郎らしい。
いや、礼儀も何もわかっていない野郎と一緒にしたらジャイ●ンに失礼だ。
せっかく上手い人と対戦できると思ったのに‥。
「…仕方ないなぁ」
攻撃を一発も決めさせないまま勝敗を決める。
この程度の相手なら本気を出すまでもない。
「…ッ……」
ふふふ。怒りで震えているわ(笑)
あたしを舐めてかかるからよ。
そのまま泣け!わめけ!そして格ゲーの神様に許しを乞えぃ!
「スッゲー!!お姉さん次俺と勝負してください」
「はぃ?」
「絶対勝ってやる!」
ひょっこり顔を出した子供っぽい学生によって、すっかり毒気を抜かれてしまった。
再度コントローラーを持たされて戦うはめになる。
…ま、別にいいんだけどさ。
あたしの目的は本来このゲームをプレイすることだけだったけど、タレ目少年に絡んだのはこの子と戦いたかったからだしね。
彼は案の定強かった。あたしのかけた技を易々と避けて逆に反撃してくるほどに。
久しぶりの強者に胸が踊り、手加減なしで打ちのめす。
連続技を繰り出すけれどさすがに一筋縄ではいかない。
足払いを飛び上がって避け、左上から蹴りを繰り出してくる少年。
もちろん下に潜り込んで着地地点を狙って衝く。回し蹴り。足払い。浮いた所に跳び蹴りでコンボ。
すぐに反撃されるけど、ガードでダメージを最小限に抑えて足払いを決める。
そして起きあがる前に踵落としでバウンドして浮いた瞬間にキックのコンボでフィニッシュ。
K.O.
画面上に現れた2文字。
相手のキャラクターがゆっくりと放物線を描くようにして地面に伏せた。
それは相手のHPがなくなり、あたしが勝ったという戦闘終了の合図。
結果はもちろん、あたしの圧勝。
「スゲェ…。お姉さんもう一回!」
「いや、あたし帰らないと」
このゲームはあんまり好きじゃない。
キャラクターが魅力的じゃないし、胡散臭いし、面倒だ。
それがわかった今、もうここに用はない。
少年からのお誘いは非常に嬉しいが、明日は仕事で朝早いしね…。
「駄目ッスよ!負けっぱなしなんて俺のプライドが許しませんもん」
「…そんなプライド粉々に砕けちまえ」
「三上先輩は黙っててください」
なんでも武蔵野森学園のサッカー部内で無敗記録を持っているほど強くて自信も持っていたのに、あたしに負けたのが相当ショックだったらしい。
…あたしはサッカー部じゃないからその記録には関係ないと思うのは気のせいですか?
「明日の7時半にここで!」
半ば強制的な口調で言われたが断った。
すると彼はだだをこねる子どもの様にグチグチ言い出した。
仕方がないじゃない。
あたしは明日仕事だから、7時半に帰ってこられるはずないんだから。
「俺、待ってますから」
「待たないでいいよ少年。中坊は中坊らしく外で遊んでなさい」
「俺、藤代誠二!お姉さん名前は?」
「…よ」
そう言い残して来た道を戻る。
なんで名前を言ってしまったのか、自分を問いつめてみても答えが出そうになかった。
後ろで少年がギャーギャー騒いでいるのをミカミ先輩が止めていた。
今日の晩ご飯は何にしようかな――…
「笠井、ちょっといいか?」
「渋沢先輩?何か用ですか」
練習が終わると渋沢先輩が話しかけてきた。
先輩が声をかけることは結構あるけれど、今日はどこか浮かない顔をしていて変だ。
「藤代の事なんだが…」
「誠二の?あいつまた何かしたんですか」
また悪戯したのがバレたのか?
毎度毎度、言い訳を考えるこっちの身にもなってくれ。
「いや、最近部活が終わるとすぐに帰るだろう?でも松葉寮には戻っていないらしいから――‥ちょっと気にかかってな」
「あぁ、そのことですか」
もっと早く言ってくださいよ!
頭をフルに使って言い訳を考えちゃったじゃないですか。
…なんて部長相手に言えるはずもない。
自分の知り得る情報を全て彼に話す。
「誠二はここ数週間女性を待っているらしいです。ほら、三上先輩と誠二が一緒に練習サボった日があったじゃないですか。その次の日から急に帰りが遅くなっ
て、心配で聞いてみたんですよ。そしたら『約束したんだ』って一言だけ言ってトイレに逃げやがっ―――トイレに駆け込んでいっちゃったんです。お腹でも痛
かったんですかね?色々腑に落ちなかったんで、三上先輩を問いつめたら『色気のねぇ女と会う約束をしていた』ってそれだけ言って気を失っちゃったんです。
どうせ倒れるなら全部喋ってからにしてくださいって感じですよね?まぁ、危険なことはしていないようですから安心していいと思います」
「そうか…すまないな笠井。俺は三上から詳しく聞くとするよ」
渋沢先輩は黒い笑みを浮かべて去っていった。
さすが武蔵野森学園が誇る微笑みの貴公子、そして我らが誇る微笑みの魔公子だ。
先輩のような完璧な微笑みをマスターしたいなぁ…なんて思いながら三上先輩に向かって合掌しておいた。
「真奈美もりっちゃんも花子も大橋も皆予定が入っているなんて最悪だわ」
俺が人を待っていると決して小さくはない独り言が聞こえてきた。
この駅って結構酔っぱらいとか多いんだよな…。
それはここ1ヶ月、あの人を待っている中で知ったこと。
「格ゲーでストレス発散よ!」
「(格ゲー?)…あ!」
思わず指さしてしまう。
だって、俺がずっと待っていた人が現れたから。
逃げられないように大急ぎで駆け寄る。
「え―っと…ミカミ君、だっけ?」
「それは先輩の名前ッスよ」
会ってすぐいきなりボケるさん。
仕事帰りなのか、スーツを着ている。
一ヶ月くらい前に対戦したときにはベンチコートを羽織っていたのでギャップに驚いた。
「――…やっと、来てくれた」
自然と口から発した言葉。
安堵のあまり、笑みが溢れた。
『約束した』なんてタクには言ったけど、一方的なものだったし断られてたから来る可能性なんてほとんどなかった。
それでも出会えたのは、偶然なんかじゃないはず。
今日はシチューに入ってた嫌いなニンジンを1cm四方の正方形にして吐きそうになりながらも一粒食べたから神様がご褒美をくれたんだ!
「『やっと、来てくれた』って、あの日からずっと待っていたの!?」
「もちろん!さんと対戦するために部活が終わったら即行で来てたんですから」
「…信じられないわ」
本当はさんと対戦するためにここに来てたわけじゃない。
さんに会いたかった――‥ただそれだけ。
そりゃ真冬だし、寒かったけどさんに会えるならって頑張った。
「今日こそは対戦してもらいます!…って、もうあのゲームはないんですけどね」
次々とゲームが発売されるのに合わせて、次々と体験ゲームも変わっていた。
時間が経つのが早くてあまり気にしていなかったけど、一ヶ月って結構長かったみたいだ。
ゲームがないからといってこのまま別れてしまったら、もう二度とさんとは会えなくなる気がして怖くなった。
鞄の中から真っ白な数学のノートを取り出して俺のメアドを書き込む。
「これ、俺のアドレスです」
「…あたしにくれるの」
大きく頷く。
これは賭けだ。
もしかしたらさんは俺にメールを送ってくれるかもしれないし、気持ち悪いとそのまま捨ててしまうかもしれない。
うわ…俺、手に汗かいちゃってるよ。
今までにこれほど緊張したことがあっただろうか。
答えは、No。
心臓がバクバクうるさくて、止めてやりたかった。
結局この日、メールはこなかった。
翌日いつも通りに振る舞えなくて、渋沢先輩やタク、普段なら馬鹿にする三上先輩まで心配してくれた。
「心配しなくても大丈夫ッスよ!!」
なんて嘘もついてみたけれど、やっぱり全然大丈夫じゃなくて…その影響はプレーにまで出た。
「…渋沢先輩、今日は体調が悪いんであがらせてもらいます」
「あぁ、わかった。…早く治せよ?お大事にな」
今日のプレーは過去最悪。
あんなプレーみっともなくて――‥そんなプレーをする自分が嫌だった。
「…誠二」
「お帰りタク!俺もう寝るからガスとか火とかよろしくな」
自分のスペースにあるベッドに横たわる。
散らかっているこの場所は、いつもならすごく落ち着く場所なのに今日は目障りなだけだった。
「…せ、じ――‥誠二!」
「んー、タク?」
「誠二早くしないと朝練遅刻するよ!?」
昨日はよく眠れなくて、夜中になんども起きてしまった。
そのせいか、頭も体も上手く働かない。
ただ、もう朝なんだなぁって思っただけ。
いつもならヤバい!って飛び起きるんだけど、そんな気分じゃない。
「…ダルいから休む」
「皆勤賞取るって張り切ってた馬鹿は誰だっけ?」
俺です。
でも今日という日は無理です。
行かないとニンジンの雨が降るというならいきますが、その他の理由なら行きません。
「はぁ‥先に行っちゃうよ?」
「ドーゾ」
今の俺は指一本動かす気力すらございません。
だからどうぞ先に行っててくださいまし。
と言っておいた。
本当のことだし、嘘じゃない。
「早く起きなよ誠二。…それと誰から知らないけど、携帯にメールきてた」
「っ嘘!?」
ベッドから飛び起き、充電器に置いてあった携帯を手に取る。
タクの言った通り、見知らぬアドレスから一通のメールが届いていた。
件名:藤代君へ
です。まだ起きてなかったらゴメンね?
昨日携帯買ったから、アドレスの登録お願いします。
「――‥よっしゃーーーー!!!」
一番欲しいもの。
それを手に入れるための小さいけれど大きな一歩。
できるだけ早く返事を打ち込み、誤字がないか念入りにチェックしてから送る。
それからダッシュで着替えてタクの後を追った。
今日は最高のプレーができそうだ!
俺は藤代誠二。
武蔵野森学園サッカー部所属!
好きな食べ物はハンバーグとスナック菓子。
嫌いな食べ物はニンジン。
そして俺の趣味は格闘ゲーム。
未だに武蔵野森学園サッカー部内無敗記録更新中!
さん相手には連敗記録更新中…。
でもいつか俺がさんに勝ってやるんだ。
そしてさんを――‥を振り向かせてやる!
大切な人:さん