…今は目先のことで手一杯なんだっつーの!
受験
「うっぜぇな!俺だって進路くらい自分で決められるわこのクソ鬼婆め!!」
「……イッキ…いま、なんて言ったのかしら?」
「ッ…ヤバッ」
青筋が立ち、顔の筋肉がピクピク痙攣している様を見て身の危険を感じ、俺は家を飛び出した。
後ろから叫び声とも奇声とも雄叫びとも取れる「戻ってこいや―」という声が聞こえてきたが今戻ったら確実にヤられそうなのでまだまだ戻らない。
どうせ林檎が鎮めてくれんだろ…
と甘い期待を持ちながら風に乗って走る。
「進路‥ねぇ?」
さっきは「進路くらい自分で決められる!」って啖呵切っちまったけど…なんか決められそうにないかもしれねぇわ。
高校進学とか就職とか…
最近ジェネシスやらトロパイオンの塔やら色んな問題が山積み状態で…自分の進路のことなんか気にも止めてなかった。
スゲェ色んなことがありすぎて現実味がなかったけど、俺ってば受験生なんだよなぁ――‥
同じクラスの奴らは毎日ちゃんと勉強してる。
一緒に住んでる林檎だってさり気に塾通ってるし…。
(しかもあいつ元々頭良いしな)
「……もしかして何もしてねぇの俺だけか?」
………いや、おにぎりやカズはなんもしてねぇはずだ。
でも地味ぃ〜にカズはやってっかもしれねぇしなー。
…なんだか不安になってきた。
「…けど俺は今できることをするしかねぇよな?」
そうだ。
ずっと先のことを考えて生きていけるほど、俺は器用なやつじゃない。
でも行き当たりばったりだって、ちょっとやそっと高い壁だったら乗り越えられる自信はある!
…というわけで、あの紙のことはしばし忘れるとしよう。
「やっぱ寒いわ…」
スウェットに上着一枚引っさげて家を出てきたはいいが、冬の寒空の下ではあまり意味がなかった。
もっと厚着してくればよかったなぁ…と今さら後悔してみても、後の祭だ。
わざわざ服をとりに帰るのもなんだかアホらしいし。
「あ―‥ちくしょ〜。ホント腹立つわぁ」
なんだかもう‥踏んだり蹴ったりだ。
入試日だからと気合いをいれて目覚ましを3個もかけておいたのに、朝起きてみたら全部電池切れだったし…
お母さんが試験会場まで乗っけてってくれるって言うからお願いしたら、スピードオーバーで警察に捕まるし…
結局なんとか試験は受けさせてもらえて、焦ったにも関わらず完璧な小論文を書き上げたんだけれど…口頭試験は最悪だった。
本当に最悪だった。
思い出したくもない。
「…きっと落ちたよなぁ」
キィーコ。キィーコとブランコを揺らす。
なんで今日に限って不幸が重なったんだろう。
あたしは普段の行いはいい方だと思うのに…
受験の神様はあたしを見捨てたんだろうか。
色んな人に応援してもらって、自分なりに頑張って、準備はほぼ完璧だったのに…
その努力は水の泡と化した。
悔しい。
悲しい。
馬鹿みたい…
「…あ―泣くなあたし。涙の分だけ水が無駄になるぞ―」
ゴシゴシと乱暴に涙を拭いた。
けれど涙は流れ続けた。
拭っても拭っても、涙は止まることを知らない。
なにも泣くことなんてないのだ。
自分の実力が足りなかっただけなのだから。
落ちるのは当然の結果だ。
「しょげるなー弱気になるなー涙よ止まれー」
けれども涙はなかなか止まってくれない。
目を閉じると浮かんでくるのは昼間の試験官のカオ。
小論文と内申書のよさを見ていたからか、最初はニコニコしてた。
その笑顔は面接が終わるまで続いていたが、試験内容が口頭試験に変わると表情が一転した。
レベルの高い高校だけに難問ばかり突きつけられて…あたしはほとんど答えられなかった。
答えられないとわかると試験官の顔から笑顔は消え去り、残ったのは無表情な顔だけ…。
「じゃあもういいですよ」と終わりを告げられた時には全てが終わった気がした。
試験終了後にかけたお母さんの声を聞いたらぽろぽろと涙が零れた。
応援してくれていたその期待を裏切ってしまった気がして申し訳なかった。
「だめだった」と一言告げると「次頑張ればいいよ」と励ましてくれたけど…。
本当に 情けなかった。
あたしじゃなくて、もっと出来のいい子が娘だったらよかったのにね。
…ごめん、お母さん。
あぁ‥ダメだ。
考えれば考えるほど泣きたくなってしまう。
「…ッ……ひっく!」
ついに過呼吸まで起こり始めた。
あたしってばホント救いようないなぁ…。
呼吸できなくて苦しいのと反比例に心は静かで冷めきっている。
あ―苦しい。
このままだったら死ぬだろうか?
ぁ、でも死ぬのはちょっと困るかな――…
「…なぁ、あんた大丈夫か?」
泣きじゃくって真っ赤になっているであろう顔を上げる。
知らない男子が立っていた。
見た目からして同い年か1、2才年上だと思う。
「……あ、んたッ‥誰……ヒック」
「んなことよりお前マジで大丈夫なのかよ!すぐ戻るからちょっと待ってろ」
そう言って彼は走っていった。
この近所に住んでるんだろうか?
見たことない顔だったけど…
数分もしないうちに彼が戻ってきた。
「っはぁ、はぁ…っこれ使えって」
息を切らし差し出してきたのはビニール袋。
この人わざわざどっからか取ってきてくれたんだ…。
あたしの過呼吸を直すためだけに全力疾走までして。
「ッぁ……ぁりが、とッ…」
「礼なんかいいからさっさと治せよ」
一人で出きるか?
心配そうに尋ねてくる彼に頷いて、ビニール袋を使って呼吸を整える。
「……落ち着いたみたいだな」
「ふぅ‥おかげさまで。ありがとう」
それから彼の名前を聞いて、あたしも名前を名乗って、いろいろ話した。
イッキ君は同い年だったけど、受験のことあまり深く悩んでないみたいで‥羨ましかった。
でも彼は彼で大変らしい。
自分のことより山積みになっている問題をどうにかしなくちゃいけないみたいだから。
なんでもATのチームリーダーをやっていて、仲間のことまで考えて色々しなきゃいけないんだとかなんとか…
「…でも、友達のことを思いやれるのってすごいことだよね」
「ん、そうか?」
「うん。絶対すごいよ」
他人にまで気を利かせることができるのは、自分のことまでしっかり手が回っている人間だけだから。
彼の話を聞いていたら、ますます自分が見窄らしく思えてきた。
しっかりと自分を持っているイッキ君。
彼に“後悔”や“反省”といった二文字はなさそうだ。
イッキ君の話ばかり聞いていたら、こんどはあたしのことを話してと言われた。
ちょっと相談に乗ってもらうつもりで入試で失敗したことを話しだす‥
「…というわけです」
「そっか…でもはたった一回コケただけだろ?また立ちあがりゃいいじゃん」
「そりゃそうだけどさ…」
あたしは落胆されるのが、怖い。
見捨てられそうな気がして、恐ろしい。
「やっぱ、また転んだら―――受験に落ちたら―――って思うと…」
続きを言う気になれなくて、下を向いた。
刹那――‥
どこからか心地よい風が吹き、黒い影が飛んだ気がした。
ギィー‥ギィーと今まで引きちぎれんばかりに動いていた隣のブランコの動きが止まる。
顔を上げ、ついさっきまで隣にいたはずのブランコを見つめるが、イッキ君はいない。
「……夢落ち?」
「夢なんかじゃねぇよここだ。こ・こ」
声の方を向く。
彼はブランコの丁度真っ正面にある滑り台の上にいた。
腕組みをして仁王立ちする姿は堂々としていて、自信に満ちあふれている。
「い、いつの間にそこに行ったの!?なにATってそんなに早く走れるわけ?」
「なわけねぇねぇだろ。飛んだんだよ」
「飛んだ…嘘でしょ?そんなの無理だよ」
ブランコから滑り台まではかなりの距離がある。
それなのに飛んだだって?
嘘だとしか思えない。
「はさ、『無理だ―』とか『出来ない―』とか、諦めが早すぎなんだよ。やる前から諦めてたらもうそこで終わっちゃうじゃん。
最初から上手くいくことばかりじゃないし、人間なんだから失敗するのは当然だろ?」
俺だって最初から飛べるようになったわけじゃない。
何度も何度も失敗して、やっと出来るようになったんだ。とあたしに話すイッキ君。
…確かに、その通りなのかもしれない。
「失敗しても転んでも、立ち直れればチャンスはいくらでもあるんじゃねぇか?」
「……ぅ、ん」
怖い怖いと逃げているだけでは先に進めないんだ。
失敗を恐れてばかりじゃ成功にも辿り着けないんだ。
今の自分を変えたい。
新しい自分になりたい。
「…頑張って、みようかな」
「おう!頑張れ。なんかあったらこのイッキ様が力になってやってもいいぞ」
ふん!と鼻息荒くふんぞり返る姿を笑いながら心の中で勇気を与えてくれた彼に感謝した。
受験が終わってからも、これからは高校生として新たな生活が待っている。
友人との別れや出会い。
学業、通学等の大変さ。
不安も沢山あるけれど、誰もが通過する過程だ。
きっとあたしにだって、出来るはず。
前に前に、進んでいこう。
つまずいた時には支えてくれる人がいるから。
【あとがき】
エアギアを読んでいてふと思ったこと…
「こいつらホントに受験生か?」
まぁそんな話、どうでもいいね。うん。
受験というものは、人それぞれ物事の考え方が異なるように捉え方が異なります。
それは個性であって私はいいものであると考えていますが、この話の主人公のように悲観的になってしまうのはどうかと思いますねー。
(そんなことを言っている私自身、悲観的になってしまうタイプでしたが;;)
ファンの方ならお分かりかと思いますが、漫画の季節思いっきり無視しちゃってます。
そこのところはどうか見逃してやってください。