帰りが遅くなっちゃったってばよ。
…兄ちゃん心配してるかなー?
Dent De Lion
ピッ――…ピッ――…ピッ――…
同じ調子でなり続ける機械音。
止まったら(それはつまりオレの心臓が止まるってことだから)困るけど、うるさいからせめてもうちょっと音量を下げてほしい。
そんなに大事には至ってないんだから。
「ハァー…――」
とはいうものの、包帯は身体のあちこちに巻かれていて、頭にまで巻かれていた。
腕に巻かれている包帯を見やりながらため息をつく。
ここまで酷くやられたのは久しぶりだった。
これじゃしばらくアカデミーには行けそうにない。
皆勤賞狙ってたのに…残念だってばよ。
ガラガラッ――
「ナルト!」
「!?」
心臓が飛び出るかってくらい驚いた。
いきなり兄ちゃんが病室に飛び込んできたんだもん。
この場所のことは兄ちゃん知らないはずなのに…
「…酷い怪我」
ベッド際まで歩いてきて、オレの手を握った兄ちゃんの手はとっても冷たくて。
目は今まで泣いていたかのように赤くなっていて。
何から驚いたらいいのかわからなくなった。
「な、ど…どうして兄ちゃんがここにきたんだってばよ?」
「…ナルトが怪我をしたって親切な人が知らせてくれたんだ」
にこっと笑った兄ちゃんは、なんだかいつもと違った。
声が震えていて…
笑顔だって無理やり作ってるみたいで…
そんな無理をするくらいなら、笑わなくてもいいのにさ。
きてくれただけでいいのに。
嬉しいのに。
「帰るの遅くなっちゃってゴメンってばよ…」
下を向いて、顔をこちらに向けようとしないナルト。
声にいつものような覇気はなく、その姿はとても小さくて‥。
これだけ小さな子供が、今までどれだけの重荷を背負ってきたんだろう?
…強いな。うちとは大違いだ。
「兄ちゃん…?」
できるだけ優しく抱きしめた。
ナルトの目を真っ直ぐに見ていられなかった。
腕の中にすっぽりと入るくらい小さな子供。
こんな子供に。あまりに酷い。
身体にいる化け物のせいで、里の奴らに憎まれ‥邪険に扱われ…――
ナルトはナルトだというのに。
どれだけつらいことがあっただろう。
どれだけ泣きたかったことだろう。
頼れるものもなく、生まれてから何年も耐えてきたナルト。
「兄ちゃんには突き進む力が―資格が―あるんだから頑張ってその心
の籠ん中から一歩踏み出してみろってばよ!」
ナルトがうちに説教をした日に言っていた言葉。
どこか引っかかっていた“資格”の意味はこのことだったのだと今になってようやくわかった。
思い返してみると、他にも引っかかりを覚えるようなことをナルトはたびたび言っていた。
どれもこれも小さな声で、最後まで聞き取れることはなかった。
だから、うちは大して気に止めることなく流してしまっていたんだ‥。
‥あの時、ナルトのちょっとした言葉や表情に気が回っていたら、ナルトが傷つく機会が減っていただろうに…。
腕の中から解放し、こちらを向かせる。
「ナルト、怪我早く治して家に帰ろう」
「…うん」
「帰ったら何か美味しいものでも食べに行こう」
「うん。 あ、でもオレ兄ちゃんが作ったものが食べたいってばよ!」
面食らった。
ナルトのことだから一楽のラーメンを食べたい!と言うと思ってばかりいたのに。
嬉しいね。好物に自分の料理が勝るなんてさ。
「何だって作ってあげるよ。だから、今は早く怪我を治すことに専念してね」
「わかったってばよ!」
「約束、だよ?」
「おう!」
頭を優しく撫でてやる。
可哀想だと、これほどまでに思ったのは初めてだった。
誰もが‥当たり前のように持っているモノを――‥
誰もが生まれ落ちた瞬間、手にすることができるその権利すらも―――…
この子は奪われてしまっていた。
里の人々が100%全て悪いわけではない。
大切な人を奪われ、九尾を憎む気持ちを持つのは仕方のないことだったのだろう。
けれど、ナルトを怨むのは間違っている。
…情けないな。
また涙が溜まってきた。
「兄ちゃん泣いてるの?」
「ん…なんか目にごみが入っちゃったみたい」
ガラガラ――
「さん、面会時刻が過ぎているのですが…」
「わかりました。今行きます」
タイミングを見計らったように看護士さんが入ってきた。
本当にちょうどよかった。
あとちょっとで、こらえきれずに泣いてしまうところだったから。
「じゃあ約束守ってねナルト」
「うん!」
ドアのほうを向き、ナルトに背を向けたまま言った。
看護士さんから見たら、きっとうちは涙を流しながら笑っていて、変な顔になってると思う。
「…おやすみ」
「おやすみなさい」
手をひらひら振りながら、部屋を出て、廊下を歩いた。
すれ違った患者の人に変な顔で見られたけど、仕方ない。
腕でぐしぐし目をこすって、待合室みたいな場所の椅子に腰掛けた。
「―――…馬鹿……っ…」
背もたれに寄りかかりながら、目元に腕を押さえつけた。
ナルトの前で泣けなかった分の涙が、わっと溢れてきた。
でも、あの場所で泣き出さなかっただけ、自分を褒めてやりたいかもしれない…
怪我をしても泣き出さず、包帯を巻いた顔で笑って――‥
健気で、健気で…
そんなナルトを見ていたら、胸が締め付けなれた。
だから今、見せまいと泣いた。涙が堪えきれなかった。
「あー…もうだめだな」
どうやら涙腺が壊れてしまったみたいだ。
しばらく止まりそうにない。
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