ひょんなことから、木の葉の里で生活することになった。
どこか日本に似通ったところもあるがやっぱり全然違う。
知り合いなんてまったくいないこの世界で、うちが生きていけるかどうか。
…正直、もんのすごく不安だ。







Dent De Lion





浅い眠りから目を覚ます。

「――…やっぱ、そうだよな」

4人の巨大な石像。
密集した家々。
目にしたことのない看板。
窓の外の風景は昨日眺めた時と何も変わっていなかった。

朝、目が醒めたら夢でした。
…なんて、そう上手いこといかないか。
ちょっとだけ期待してたんだけど。


「ナルト‥っていないし」

ベッドの中はもぬけの殻。
もうアカデミーとやらに行ってしまったんだろうか?
‥そういや、太陽がもう真上まで上がっていたな。
枕元に置いてある目覚まし時計を見ると針は10時半を回った所だった。

時差ボケ!?

ナルトに悪いことしちゃったなと思いつつ、もぞもぞとベッドからはいでる。
ふと机に目をやるとパンと伏せられたコップがあった。
時間が経ちすぎたせいで、パンは今や固くなってしまっている。

おきたら食べてってばよ

「うわ―――…」

お皿の隣に添えられていたメモ。
あんな小さな子に朝食まで用意させるうちっていったい…。
つーか、こっちは家に置いてもらっている身なんだから、当然うちが朝食用意するべきなのに。


だらしない。


情けない。



「…明日から頑張らないとな」

とりあえず、さほど腹は空いてなかったが、せっかく作ってくれた物だからと頂くことにした。
ガリガリという歯ごたえを感じながら、飲み込んだパンは咥内の全ての水分を奪って行く。
今はすっかり固くなってしまっているこのパンだって、数時間前には温かかったんだろう。
明日はうちがメシを作ってやらねぇと。
育ち盛りの子どもが食パン一枚で朝食を終えるなんてありえない。
そんなんじゃ、育つものも育たなくなってしまう。



「えっと、飲み物は…と」

喉の渇きを潤すために冷蔵庫を開けた。

ガチャ。

ガチャン。


「これ、冷蔵庫だよね?」

目の前にある冷蔵庫を凝視して確認してしまう。
…紛れもなく冷蔵庫だ。
でもまさか冷蔵庫の中身が牛乳しか入ってないなんてありえなくない?
ナルトは子どもなんだから普通に考えてジュースの一本くらいあってもおかしくないんじゃないか…?
だいたい食品が入ってないなんてありえない。
今は育ち盛りなんだから栄養のあるものをたくさん食べないといけないのに…


「…とりあえず、保留」

飲み物に関してはナルトが帰ってきたら聞いてみればいいし、今は水で我慢しよう。
(もう一回見て確かめる勇気はない)
食材も一緒に買いに行けば済むし…。
パンを水で流し込み、まずは部屋の掃除から取りかかることにした。
鼻歌混じりに作業は続いてく。
今日のご飯は何にしようか考えながら…――















バンッ!!

兄ちゃん!」
「ちょっ!?‥どうしたんだよナルト」

よかった。
ちゃんといてくれた…。


兄ちゃんは流し台に立っていた。
洗い物をしてたみたいだけど、手についた泡を水で落としてオレの目の前にしゃがみこんだ。
大丈夫、どうしたの?と聞かれて、何でもないよと答える。
…アカデミーから帰ってきたら、いなくなってるんじゃないかと思った。
授業中も心配で、寝ることもできなかった。
友だちからの遊びの誘いも今日だけは断って、猛ダッシュで帰ってきた。
だから帰ってきて、いてくれて…嬉しかった。
なぜかわからないけれど、飛び跳ねそうになるくらいすっごく嬉しかったんだ。

「あれ?ナルト汗でビチョビチョじゃん」
「あ、えと…」
「そのままじゃ風邪引くよ?ちょっと待ってて…」

兄ちゃんはタンスの方へ向かって歩き出す。
その姿を追いながら、ふと違和感を覚える。
修行の道具やゴミや服で散らかっていた床は綺麗に掃除されていて、ピカピカになっていた。
この分だと、服もきちんと畳まれた状態で整理されてると思う。

こんなにやってくれなくても別によかったのに…

「はいタオル」
「あ、ありがとう」
「それとおかえりな、ナルト」
「…へっ?」


今  なんて  言った?


「ナルト…?」
「ね、ねぇ兄ちゃん。もう一回言って!」
「おかえりナルト」

「た、ただいまっ!!」


初めて言われた“おかえり”
初めて言った“ただいま”

他人からしたらただの4文字かもしれないけれど、オレにとっては価値ある4文字だ。
嬉しさがヤバいくらいこみ上げてきて、笑っちゃった。
心から笑えたのはいつ以来だろう?


「もしかして初めてだった?」
「うん!」
「そっか…」

頭にポスンと手をのっけられる。
照れくさくて固まってたら、そのままガシガシと頭を撫でられたからちょっと怒っといた。
その時に触れた手が冷たくて驚いたけど、理由はわかったからあえて聞かなかった。
…オレってば丼とか皿とか結構な量を流しに放置してたからな-。
この時期の水はまだ冷たい。
兄ちゃん何も言わないけれど、きっとめちゃめちゃ冷たかったはずだ。
…少しは片づけとけばよかった。
そしたら兄ちゃんの手はあんなに冷たくならなかっただろうに…。

「ナルトはもうお昼ご飯食べたのか?」
「え?ううん。今日はアカデミーが半日だったからまだだってばよ」
「あぁ、だからこんなに早く帰ってきたんだ?」
「あー‥うん。まぁ」

帰りの会サボってきたから半分嘘ってことになるかな?
ま‥そんなことはどうでもいっか。
イルカ先生がくんの遅いのがいけないんだってばよ。

「それよりオレってばさ、オレってばさ!兄ちゃんのために凄いもん書いたんだってばよ!!」
「すごいもの?何を書いたの?」
「じゃじゃーん☆」

オレがリュックから取り出したのは今日の予定表。
授業中の不安で退屈な時間を利用して書き上げた。
時間と内容が細かく書かれている。
今日の全授業の成果といってもいいくらいの出来映えだ。

「わぁ‥凄いじゃんナルト」
「だろだろ?で、今日はこの予定表に沿って行動しようと思うんだけど、兄ちゃんどう思う?」
「ん―‥この“ばんめし”って所以外賛成」
「え?なんで?兄ちゃん一楽のラーメン嫌いだった?」

おかしいな…?
昨日は美味しそうに食べてたけど…もしかしてオレに合わせて無理してくれてたのかな?
ラーメンは結構人によって好みが違うからなぁ…かといってオレは他の美味しいラーメン屋は知らないし。
もしかしなくても ピ ン チ だってばよ。
…晩飯どうしよう?


「いや嫌いじゃなくてむしろ好きだけどさ、この予定表に“ひるめし 一楽”って書いてあるでしょ?さすがに2回連続はキツいと思うんだよね…」
「そっかぁ」

ごめん、兄ちゃん。
オレってばラーメン好きだからそんなこと全然気付かなかった。

「だからナルトに提案。この予定表の“かいもの”って所に俺の生活用品って書いてあるけど、この時に食材も買っちゃわない?そしたら俺が晩御飯作るか らさ」
兄ちゃん料理できんの!?」
「うん…昨日言わなかったっけ?」
「あ―‥言ってた」

…ような気がする。

「いい?」
「うん!」
「じゃあ決定」

ワクワクする。
まるでこれから冒険にでも出かけるみたいだ。
教科書の主人公が体験した“胸が踊る”って、あの時は理解出来なかったけど今なら出来る。
きっとこんな感覚に違いない。


「ほら兄ちゃん準備して!予定まであと2分しかないってばよ」
「はいはいわかりましたよ-‥っと」

兄ちゃんが身だしなみを整えている間に、オレも急いで用意する。
リュックを壁にかけ、財布を引っ付かむ。
お金はかなり詰め込んどいたから足りないなんてことはないはず!
鍵をかけ、玄関先で待っていた兄ちゃんの元へ行く。
差し出されていた手を、躊躇うことなく取った。





すべてが新鮮だった。
見慣れたはずの街並みも。
通い慣れた一楽でさえも。
何もかもが違って見える。
何もかもが明るく光り輝いている。
嫌な視線さえ気にならないくらい





「ナルト、楽しい?」
「もちろんだってばよ!!」
「そっか。よかった」


全部この人のおかげ。
兄ちゃんがいてくれるから。



里の大人とは違う、不思議で、優しくて、ちょっとだけ変な人。
(だって「この里の人は牛乳で生きてるの?」なんて普通の人は聞かないってばよ)
もしかしたら神様からの使いなんじゃないかって思うほど優しい。

いつまでも側にいてほしいなぁ…と願いつつ夢のような時間を過ごす。
兄ちゃんと一緒だと、時間はほんの一瞬で過ぎ去ってしまう。





「…暗くなってきたし、そろそろ帰ろっか?」
「あ、うん」



夕闇迫る遠い空。
2つ並んだ影法師。















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