ただ彼女に、あいたくて。
ただ彼女に、会いたくて。
ただ彼女に、逢いたくて。
Dent De Lion
「――‥ぉ……なぁ‥」
「…ん」
誰かがうちを揺さぶって、起こそうとしていた。
…こんな声の奴‥知り合いにいたっけ?
声の持ち主に心当たりがなかった。
不審に思い、眠くて仕方がなかったが、再び眠りにつこうとしている意識を無理やり起こし、現状を知ろうとした。
聞こえてくるのは小さな鳥の鳴き声。
瞼越しで感じるは眩しい光。
小腹のすいたうちの鼻をくすぐるのはラーメンっぽい匂い。
ここは――‥うちの家ではない。
それが覚醒している数少ない脳細胞がフル稼働して出した答えだった。
うちん家なら、朝はカラスの鳴き声で始まるはずだし。
カーテン閉めないで寝たことなんて無いに等しいし。
そしてラーメンを朝から食える胃袋をあいにくうちは持ち合わせていないから。
けど、そうだとしたらうちが寝ているここはどこなんだ?
ちゃんと布団の上で寝てはいるようだけれども――‥
「‥反応しないってばよ」
ため息と共に落胆したような声が聞こえた。
どうやら声の主はうちになんらかの反応を求めているようだ。
‥眠いけれど仕方ない。
ゆっくりと重い瞼を開く。
「‥‥あ!」
そこには10歳前後の男の子が覗き込むような姿勢で座っていた。
髪は明るい金髪。
目は透き通るような青。
頬には3本の引っ掻き傷のようなものが左右対称に並んでいる。
会ったこともなければ、見かけたこともない顔に戸惑った。
…え、外人??
ますますここにいる意味がわからない。
ただ頭が混乱してくるだけだ。
「…誰?」
「オレ?オレはうずまきナルト!火影になる男だってばよ」
「うずまき君‥ね」
「なんていうんだってばよ?」
「ん?だよ」
ホカゲってなんだろう?と内心首を傾げつつ、握手をするために上体を起こし手を差し出す。
お辞儀にしなかったのは、外人にはお辞儀をするよりも握手の方がいいと思ったからだ。
一瞬、ナルト少年の動きが止まったような気がしたんだけど‥見間違いだったのかもしれない。
そのまま握手を交わした。
ナルト少年の満円の笑みに、つられてうちまで笑ってしまった。
ナルトという少年は快活な性格の子供のようだ。
「ってかさ、ってかさ!兄ちゃんもぅ起きて大丈夫なのか?」
「(兄ちゃん‥!?)あ、あぁ問題ないよ」
表で笑みを向けつつ、裏では涙を流す。
兄ちゃんという一言に内心かなり落ち込んだ。
こんなに小さな子にも、やっぱり男に見えるのか…。
まぁ、でもこの言葉使いじゃ男に間違えられてもしかたないけどな。
男として扱われる方が、うち的にも楽でいいし。
起き上がったついでに部屋をグルッと見回してみた。
ダンベルやら巻物やらが散らかる床。
冷蔵庫の隣りには数個重なっているゴミ袋。
丼は洗われていないまま、流しに放置されている。
あれって…手裏剣?
何気に本物っぽい…。
この部屋の住人は忍者好きなのかな?
「なぁうずまき君。ここはどこなんだ?」
「ん?オレん家だってばよ。昨日の夜兄ちゃんがゴミ捨て場に捨てられてたからオレが拾ったんだ♪」
「ひ、拾った?」
「うん。首から『ご自由にお持ち帰り下さい』って看板がかかってたから」
ほらそこ。
ナルト少年が指差す先には、ウサギの形をしたピンクの看板が観葉植物に立てかけて置いてあった。
趣味の悪いウサギの…そうだ、ウサギ!!
光の差し込む大きな窓から外を眺める。
そこで目にしたのは世界各地どこを探しても見つからないような光景だった。
風格のある顔が4つ彫られていている岩壁。
店や家が密集している緑の多い街並み。
変な名前の店。
明らかに日本ではない。
それ以前に、地球上にこんな場所は存在しない…。
夢なんかじゃ、なかった…。
本当に‥異世界に、飛ばされてしまった。
もぅ“通信”とやらが繋がるまで帰れない。
それまで俺は何をすればいいというのだろう?
ぁんの馬鹿ウサギ!
やり場のない怒りを拳に込める。
血は出なかったものの、爪が食い込んで痛かった。
勘だが、おそらくはここ―この世界―にはいないだろう。
ウサギも一つの世界に旅行できるのは一人だけだと言っていたし。
なんだか踏んだり蹴ったりで‥悔しかった。
あのウサギ、今度会ったら丸焼きにして食ってやる。
「なぁ、兄ちゃんはやっぱり家に帰っちゃうの?」
「いや‥ここにいたら迷惑かな?」
「そんなこと絶対ない!!」
凄い剣幕に驚き、体が跳ね上がった。
おもわず悲鳴を上げそうになるくらいに‥。
(なんとか顔が引きつっただけで収まったけど)
ナルト少年は顔を反らし、聞こえるか聞こえないか程度の声で言う。
「‥でも兄ちゃんのこと待ってる家族がいるだろ?」
「‥家族なんていない。悪いが、お願いだから俺の事ここに置いてくれ。家事でも力仕事でもなんでもやるから!!」
だから!と両手を合わせて頭を下げる。
ここを追い出されたら路頭に迷うどころか、飢え死にしかねない。
それだけは勘弁だ。
青春真っ盛り(死語)の女子高生ライフを失ってたまるかよ!
「もちろんいいってばよ!最初からそのつもりだったし」
「え、本当に?見ず知らずの奴家に置いちゃっていいの…?」
「‥兄ちゃんは、いい奴に決まってるってばよ。だって―――…」
最後は声が小さすぎて聞き取れなかった。
けれども、うちがその事を大して気に止めることはなかった。
居場所を手に入れたことで安心しきっていた。
「オレってば、ずっと兄ちゃんがほしかったんだ!だから兄ちゃんがいてくれて、めちゃめちゃ嬉しい」
…もうお兄さんでいくしかうちに残された道はないらしい。
今、お姉さんだよーって訂正を入れたら追い出されはしないだろうけれど……いい感じはしないだろうな。
うずまき君が求めているのは“お兄さん”なのだから…仕方ない。
幸い外見はどちらかというと男っぽいものであるし、いけるところまで“男”でいくとしよう。
「じゃあ、改めましてよろしくなうずまき君」
「ナルトでいいってばよ!オレも兄ちゃんのこと兄ちゃんって呼ぶし」
な?と笑顔で同意を求められ、素直に従ってしまう。
一点の曇りもない笑顔に、あいつの面影を見た気がした。
この子になら、素の自分を出しても大丈夫だと…自分の中の何かが告げた。
「つまり、ここは木の葉の里でナルトはアカデミーに通う生徒なんだな?」
「そうだってばよ!兄ちゃんは他の里から来たばっかりでなんにもわからないんだよな?」
「あー‥うん」
あながち間違っちゃいないので、適当にごまかしておいた。
それにしても、何もかもが違いすぎる。
木の葉の里やら火影やら…。
そもそも日本と国の作りが違う。
忍者が住んでるらしいし‥ってかナルトも忍者の卵だって言うし。
(忍たま乱○郎かよ!!って突っ込んだけど通じなかった…)
ま、国籍なんてないから見つかったら拷問or尋問が待っているだろうってことはわかったけども。
面倒なことになりません様に…。
とりあえず、ナルト曰わく「百聞は一見にしかず」らしいので、街に出ることにした。
「ここが甘栗甘。ここの栗メニューはオススメ。それとあっちにあるのが一楽!!一楽のラーメンは最高だってばよ〜」
「ナルトはラーメンが好きなんだな?」
「うん!!」
ナルトの好きな物と嫌いなもの、それに街の地図を頭に叩き込みながら歩く。
ナルトの住む街は活気に溢れていて、どこか浅草なんかに近い雰囲気があった。
…あくまで雰囲気だけだけども。
「ちょうど昼だから、一楽でラーメン食って帰ろ!」
「いや…俺、お金持って無いんだよねぇ」
「気にしないでいいってばよ!!オレ、お金持ちだから」
ぐいぐい引っ張られて、のれんをくぐり店内へ。
中には威勢のいいおっさんと可愛い女の子がいて、愛想良く出迎えてくれた。
ナルトはここの常連らしい…。
確かに一楽のラーメンは、そんじょそこらのラーメン屋とは比べものにならない
程に旨かった。
ここなら週に一回くらい来てもいいかもな…。
なんてぼんやり考えていると、隣に変な服を着た男が座った。
一瞬、背筋が凍る。
こ、これが忍か?
忍者が昼夜を問わず、しかもラーメン屋に寄っちゃっていいのかよ!?
と心の中で激しく突っ込みを入れる。
あくまでも心の中で、だ。
表に出したら‥拷問尋問。
考えるだけで恐ろしい。
早くこの空間からいなくなりたくて、不自然にならない程度に食べるスピードを早めた。
「「ご馳走様でした」」
顔を見合わせる。ナルトがにかっと笑った。
ちょうど一緒に食べ終わったらしい。
小さな身体によく“みそチャーシュー麺”が入ったものだと感心する。
(しかも大盛だよ?)
そのままナルトにお金を払ってもらい、店を出た。
こんな小さな子に奢って貰う日が来ようなんて夢にも思わなかった。
ひも生活…か。
あまりいい響きではないわな。
早いとこ働いて稼ぎたいものだが、国籍や住民票がないうちがまともな職につけるとは思えない。
忍者の世界の裏世界…危険なニオイしかしない。
「…しばらく世話になるしかないか」
「??兄ちゃんなんか言ったかってばよ?」
「いや何も。」
ゴメンなナルト…。
絶対返すから、それまでツケってことにしといて?
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