バイト終了。お疲れ様。







Dent De Lion





ワンワン!
「あれ?」

店の裏口から出て表に回ると、犬がドアの側でお座りをしていた。
前にナルトとはぐれて(実は迷子になって)た時に匂いを追ってくれた忍犬だ。
なんでこんな所にいるのかと思えば、店内で立ち読みしている飼い主の姿があった。

「そっか…動物お断りだから入れないのか」
ワン!

ホント賢い犬だよなぁ…と思いつつ、同じ目線になるためにしゃがみこんだ。
撫でたりしなかったのは飼い主がいない今、咬まれる可能性を考えたから。
…このわんちゃんに限ってそんなことないとは思うけど念のためにね。


「………」
………


尻尾を引き千切らんばかりに振るわんこ。
うちは餌なんて持ってないのに…困ったな。
ずっとこうしている訳にもいかないし、飼い主を呼んできてあげようか。
立ち読みは感心しないしね。
(その分うちの店の儲けが減っちゃうじゃん)



カランカラーン――…


店に入ってもこちらに顔を向けてこない。
本を食い入るように見つめて集中している。
どうしようか。

声をかける?
振り返るのを待つ?
それとも帰る?

…こんなに集中してるところに声をかけるのは躊躇われるなー。
振り返るのを待つのもいつまでかかるかわからないし。
いっそのこと帰ってしまおうか。
いや、でもそれはそれで嫌だな…。

それにしても‥こんなに集中しているなんて何の本を読んでいるんだろう。

後ろを通りながらチラッと見てみる。
玩具を追いかけ遊んでいる小型犬の写真が可愛く掲載されているページ。
見開きには大きく【愛犬の健康管理】と書かれていた。
表紙の絵から犬に関する雑誌だとわかった。
意外や意外…彼でもこんなものを読んだりするんだね。
犬のことには詳しいものだとばかり思っていたんだけれど。





「ふう………ってさん!?」
「あ、やっと気付いてもらえた」

少し待ってみてよかった。
顔も覚えていてくれたみたいだし。

さんもここに用が?」
「いや、バイトが終わって帰ろうと思ったら店の前にキバ君が座ってたもんだからさ」
「え、店の前に座って……そう、ですか」
「どうかした?」
「い、いや別に…」

腑に落ちないことがあるらしく、どこか浮かない顔をしながら赤丸君は読んでいた雑誌を元の場所においた。
別になんでもないというのだから…まぁ、なんでもないんだろうな。
本を買う気はないようなので、外に出るために入り口へ向かった。
赤丸君が出やすいように、扉を開けて押さえておく。
考え込んだまま歩く赤丸君の足取りは危なっかしくて見てられない…。

「そこ段差あるから気をつけてね」
「へ?‥ってうわぁっ」
「赤丸君!」


ガシッ。
ドサッ!
がつ。



「いてて…」

前のめりになった赤丸君は体勢を整えられず、そのままこけた。
それをとっさに受け止めたうちの反射神経は凄いと思う。
我ながら天晴れだ。
あのままなんの受身も取らないでそのまま地面と激突したら、赤丸君は怪我をするところだった。
赤丸君が無事で本当によかったわ。


「………」
「赤丸君?大丈夫?もしかして怪我した?」

固まったままの赤丸君。
今の状態はうちの上に赤丸君が乗っかったままの状態。
そんなに重くないから別にいいんだけど、出来ることなら早く上からどういて欲しい。


「あれ?口が切れてるよ…?」

うちの上に倒れたから、口を切るなんてありえないことなのに…
とりあえず手で唇から出ている血を拭ってやる。

「ッ…!」
「あ、ちょっと赤丸君!」

ワン。ワンワン!
「いいから行くぞ赤丸!」
「え、赤丸って‥ちょっと待っ…行っちゃった」

猛スピードで犬を連れて行ってしまった。
赤丸って言ってたけど…もしかして、うち、彼と犬の名前逆に覚えちゃってたのかな?
だとしたら本屋から出る時にどもっていたのもそのせい…?

「い、いたたたた…」

起き上がってみると腰が酷く痛んだ。
背中よりも腰の方が痛い。
でも、結局自業自得だな。
うちがキバ君の名前をきちんと覚えていさえすれば、彼はつまづいたりしなかっただろうから。


「と、とりあえず晩御飯の材料を買いに行かないと…」

腰をさすりながら、側に落ちていたかばんを拾った。
雲行きが怪しくなってきた。




















「……なんてこった…」

小走りで家へと向かいながらきっと赤くなっているであろう顔を手で押さえて呟いた。
顔は熱でもあるんじゃないかってくらい熱くなってしまっている。



あの時はさんが俺と赤丸の名前を間違って覚えていることを教えるべきかどうか悩んでいて、入り口に段差があることなんてすっかり忘れていた。
だからさんが声をかけてくれたときにはもう遅かった。
がくんと足が落ち、身体が前につんのめって、そのまま地面にぶつかる。
…そう覚悟していたけれど、次の瞬間に受けた衝撃はやわらかいもの。
そして何かが口にぶつかった感覚があっただけだった。
さんが受け止めてくれたおかげで大きな怪我はしないですんだんだ。

早くどいてさんにお礼を言わなくちゃ。
そう思って起き上がろうとして、そこでふと口の中が鉄くさいことに気付いた。
血の味がする。

そういえば口をぶつけたんだっけ…?

でもいったいどこに?
そんな疑問が浮かんだ時に、さんの顔が目に入った。
唇が切れているのか血がついていた。


口  に   血   が …?




「くそっ!早く冷めろ!」

また顔が熱くなってきた。
こんなんじゃ家に帰れない。
知り合いに会ったらなんて言えばいい?
あの後何も言わずに逃げてきてしまった俺だけど、だってさんと俺…
うあー考えたくもない。
男同士だろ?さんも俺も男だぞ?マジでありえねぇ…!


「お、俺の…俺のファーストキスがぁーー!」

ちくしょー!と叫びながら頭をガシガシかいた。
赤丸が怯えていたけれど、だって仕方ないじゃないか。
一生に一度しかない初めてのき、ききき…キスだったのに男とすることになるなんて全く思っていなかったのだから。


…でも、さんなんか柔らかくていい匂いがしたよなー。



「って俺なんてこと考えてるんだよ!」


だめだ。
俺は女の子が好きなんだ。
さんのことは嫌いじゃないけれどあの人は男の人で…!
まぁ、なんか物腰が柔らかかったり仕草ががさつじゃないとこ…って違う。
あの人は男。男。男。
そして俺も男だ。だから好きになるはずない!





「っあーもー!嫌だーーー!!!」

クゥーン
…―――







その日のキバは、夢の中にまでがでてきてあまり眠れなかったんだとか(赤丸談)
















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【あとがき】
私に甘いのは無理だ!(言い切っちゃったよこの人)
口付けって書くか、キスって書くか散々悩んだ挙句、2文字のほうが短いからと言う理由でキスに決定。

キバと赤丸の名前って最初覚えづらくありませんでした?
キバと口がぶっついていたことにさんは気付いていません。
夢にまで出てきて悶々とする、不憫なキバ君のお話でした。