進学出来る程度に学校へ行って――‥
退屈な授業を受けて――…
休み時間は寝ると決め込み―――…
学校が終わったら速攻家に帰る。
それが昔のうちの生活。
何年も前から変わっていない。
同じことを繰り返し、それをまた繰り返す。
ただそれだけ。
なんの変化もないサイクルに嫌気がさしていた。
でも、だからといって、自分で生活を変えようとはしなかった。
単なる学生であるうちは、無力だったから。
非力なうちがなにかを変えることなんて無理だと理解していたから…。
‥それに、この生活に自分が慣れてしまえば、それでおしまいだと思っていたからさ。
だから周りに、時間に、流されるまま生きてきたんだ。
可能性があるものをもすべてを諦めて。
―――‥あいつが、現れるまでは。
Dent De Lion
友達が行方不明になった。
その日から、今日でちょうど1ヶ月。
最初の頃は警察も捜査をしていたけれど、手がかりもなにもなくて今ではほぼ打ち切り状態。
あいつの学校の友達だっていつも空席にしているあいつのことを覚えているのか――‥つーか頭の片隅にあるのかさえ危うい。
やっぱり同じ学校に行っとけば良かった。
「ねぇねぇ、。あんたも行くでしょ?」
「…いや、遊ぶ気しないからやめておく」
「え〜?付き合い悪くない??」
両手をあげてふざけた態度をとりながらうちに背を向ける。
そんな態度に苛立ちを覚え、まだ一限が始まってさえいない教室を出た。
返事なんてどうでも良かったくせに何が「つまんなぁい」だ。
現にお喋りに花が咲いてうちが出てったのだって気付いてないじゃないか。
‥なんて本当はさして気にしてないことを1人心の中でごちながら、のんびり校門へと歩みを進める。
途中廊下ですれ違う生徒は変なモノを見るような目でこっちを見てきた。
まぁ、こんな時間に帰る奴なんて普通に考えていないからなぁ。
そういえば、学校をサボるのは久しぶりかもしれない。
前までは学校になんて3日に一回来る程度だったというのに‥。
変わった原因はわかってる。
変わったのは――‥あいつのおかげ。
こんな男みたいなうちに笑顔で手を差し伸べてくれたのはあいつだけだった。
あいつがいればやることなすこと全部楽しかった。
あいつがいる時は誰のことも嫌いじゃなかった。
あいつがうちのすべてだった。
「――‥いったい何処行ったんだよ」
まだ朝だというのに空は重く陰り、今にも雨が降り出しそうだった。
「――‥ただいま」
暗い部屋に明かりを灯す。
灯すって言っても、電気のスイッチを押すだけだが‥。
買ってきた野菜や卵をスーパーの袋から取り出して冷蔵庫に入れる。
何を作ろうか‥?
久しぶりにあいつの好きだったラザニアを作ってみるのもいいかもしれない。
‥メチャメチャ時間かかるけど。
まぁ、学校さぼったから時間のことを気にする必要はないだろ?
手を洗い、ラザニアを作るのに必要な材料を出す。
そしていざ料理に取りかかろうとした時に初めてまな板の上に乗っている物の存在に気付いた。
黒の‥封筒。
一瞬にして背中が凍りつく。
あいつがいなくなったと思われる部屋のソファーにもこれが置いてあった。
中身が入っていない、不自然な状態で‥。
宛名を確認すると銀色のインクで『』と書かれていた。
…これじゃ、まるきり同じじゃないか。
「…どうして、こんなモノがここにあるんだよ」
ポストには何も入っていなくて、今日は手紙なんて一通も家に持ち込んでないはずなのに‥。
なのに、どうしてまな板の上なんかに置いてある?
考えれば考えるほど(たかが封筒だというのに)気味の悪い物に見えてきて、燃やしてしまいたくなった。
だが、燃やしたらせっかくの手がかりかもしれない物がなくなってしまうので、衝動を抑える。
汚い物を触るみたいに箸でつまんでリビングまで運ぶ。
そして、警察に取られる前にちょっと失敬しておいたあいつ宛ての黒い封筒と照らし合わせた。
やっぱり――…
封筒は寸分の狂いもなくぴたりと一致。
違うのは宛名がうちになっていることと封がもうすでに破られているかどうか。
冗談だろ?と笑いたくなった。
ここ1ヶ月手がかりを求めて探し回っていたうちが馬鹿みたいじゃないか。
「とりあえず、開けてみるか」
誰が何と言おうが、あいつのことは――‥うちが絶対に見つけ出すのだから。
封筒の端をちぎり、中身を出すために手を突っ込んだ。
「…頭痛ぃ」
ズキズキと頭の芯から響くような痛みに耐える。
強く打ちつけたんだろうか?
こぶにでもなっていなければいいが…
そういえば、うちがいるここは何処なんだろう?
こんな天井には見覚えがない。
「お怪我は御座いませんか?」
「は??」
腹の方から聞こえた声。
その声の主を確認するために上体を起こすと、そいつはちょうど太ももの上辺りを漂っていた。
その非現実的な光景から目が離せない。
錯覚かと思い目をこするが、全く変わらずに‥。
それは何度やっても同じだった。
しかし、信じられないものは信じられない。
だって――…ウサギがタキシード着て飛んでるなんて、普通に考えてありえないだろ。
「お前さ、ウサギだよな?」
「えぇ…多分」
「おいおい」
多分ってなんだよ。
「コホン。ま、とにもかくにもご無事で何よりです。そして本日は我が社『W・G』をご利用いただき誠に有難う御座います」
「いや、利用した覚えないから」
「只今『世界旅行キャンペーン』を実施中でしてこの世界以外――つまり、異世界への旅行をお楽しみいただけるツアーをお楽しみいただけます。
様はリストに載っておりますので‥無料でご利用になれます」
「おい、シカトかよ…」
「ツアーに参加される際に注意していただかなくてはいけないことが―――…」
ウサギはうちのことを無視すると決めているらしい。
ウサギにシカトされるなんて初めてだったので、結構ショックだった。
そもそもここはどこなんだろう?
見渡す限り灰色の空間が続いて‥。
人のことを無視するウサギが喋っている場所なんて…。
現実にはありえない。
これは‥夢、なのか?
「――‥ですから我が社には」
「ウサギ…これって夢なのか?」
「‥お客様は、私の話を聞いていらっしゃらなかったようだ」
ウサギは心底呆れたような表情をして首を横に降った。
動物に表情があるなんて驚きだ。
やっぱりここは夢の中なんだ!
そうに決まってる!!
つーかそうであってほしい。
「それならつじつまが合うしなっ!」
「何を一人で納得されているのかわかりませんが、もしこれが夢だとお思いなのでしたら頬をつねるなりなんなりして確かめてください」
「頬つねったって何も変わりゃし‥」
ぎゅうっと思いっきり引っ張った頬から、ジンジンと痛みが広がった。
‥おかしいだろ?
なんで夢の中にいるのに‥
頬をつねったら痛いんだよ…?
「夢じゃ、ない‥?」
「ですから最初に申し上げたではないですか」
ウサギがため息をついた。
だが、今はそんなことを気に止める余裕なんてない。
なんでここにいるのか。
どうやってここに来たのか。
そんな疑問が頭の中を埋め尽くしていたから。
これが夢じゃないんだったら‥なんだというんだ?
もし仮に現実だとしても、こんな風変わりな場所、世界中何処探したってあるわけないじゃないか!
………っ!
「なぁって奴知らないか!?」
「えー…それはプライバシーに関わるのでお答えすることは」
「いいから答えてくれよ!!」
逃がさないように首を絞めて捕まえる。
ウサギはじたばた苦しそうにもがいたが、手を緩めることはしない。
これが夢でも幻でもなく現実だというのなら、に関しての手掛かりが――‥
必ずあるはずだから。
これが最初で最後のチャンスな気がするんだ。
絶対に、そんなチャンスを逃すわけにはいかない。
「どうなんだ!!」
「ぐ、ぐるじ‥ぃ」
「…質問に答えるなら手を離してやるよ」
次の瞬間、凄い早さで首を上下に振るウサギがいた。
あまりにも必死な形相にたじろぎ、少しだけ指の力を抜く。
ウサギの目の充血が少し引いた。
焦りからか、相当力が入っていたみたいだ。
ちょっと可哀想だったか?
「ごめん、力入れすぎてたみたいだ…。でも教えて!あいつはここに来たの?」
「…様でしたら、ちょうど1ヶ月程前にいらっしゃいました」
1ヶ月。
それはあいつがいなくなった時期と一致していた。
点と点が繋がって、線になった。
自然と期待が募る。
1ヶ月探して、何の手がかりも無くて、正直半ば諦め気味だった。
でも、今、あいつのすぐそこまで来れた。
あと、あと少しで‥会える。
やっと‥会えるんだ。
「今はどこにいるんだ?」
「様はある世界に『旅行』されています」
「じゃあうちのこともそこに連れてってくれ!」
「無理ですね。一つの世界に旅行出来るのはお一人と決まっておりますので」
「え‥?じゃああいつはいつ帰ってくんだよ?」
「通信が繋がり次第ですね。世界によって時間は異なりますが、最短で一週間。最長の場合は通信不可能です」
「そんな…――」
あいつはもう目の前だというのに‥
すぐそこにいるのに‥手が届かない。
頭がそのことを理解して、ウサギを手放した。
それと同時に全身の力が抜けて床に座り込んでしまった。
もう‥何もする気が起きない。
「…そんなに落ち込むことないじゃないですか。様とはただ昔、同級生だっただけでしょう?」
「…うるさい。そんなんじゃ、ない」
ただの同級生なんかじゃない。
あいつはうちの数少ない友人で――‥たった一人の親友だ。
今でもうちはそう思ってる。
「様はずいぶんと友ダチ想いなお客様だ。すると――――‥‥」
小さな声が聞こえた。
ウサギが独り言を言っているようだ。
‥勝手な妄想をしないで欲しい。
うちは別に友達想いな訳ではない。
ただ大切なモノを無くしたくないだけだ。
これからどうしようか…。
あいつがいないのなら、こんな所に用はない。
異世界への旅行というのもあまり乗り気はしないし。
(行きたい世界なんてないしな)
だいたい、いつ帰ってこれるかもわからないような旅行をする気になったはどんな神経してるんだか‥。
「…決めました。お客様にはあの世界に旅行して頂きます!!」
「は?」
独り言を止め、突然何を言い出すかと思えば‥旅行だって?
「ちょっ、うちははりょ「設定は強くしておきますのでお任せください」い
や、だからさ」
「あ、これは邪魔ですね」
言い切るか言い切らないかのうちに、チョキン。と頭の後ろでハサミの音がした。
…まさか。
手を首に添えると……髪がなくなってた。
「っおいうさぎ!おま、お前なんてこと――」
チリンチリン――‥
どこからともなく耳を突いた鈴の音。
それは徐々に近づいてくる。
まるで誰かの足音のように‥。
チリン!
ひときわ大きく鈴が鳴ったかと思うと、いつの間にか床にあった扉が開いた。
…落下、かよ!?
「本当どうなってんだーー!!???」
雄叫びを発しながら、暗い穴の中へ落ちていく。
落下しながらも、自分が落ちてきたと思われる光の射す場所を見上げてみればにやにやしたウサギが覗き込んでいた。
「一名様ごあんなぁ〜い」
ふざけた声を聞いたのを最後に、うちの意識は途切れた。
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