生きていくうえで、時には騙すことも必要だと思う。
嘘をつかずに生きるなんて、無理に決まっているから。
そんなことをできるという人がいたらそれ自体が嘘だ。
…ま、嘘をつかずに生きていけるなら、それが一番望ましいことなんだけど。







H×H





地下道を走り抜け、階段を上がりきると目に入ってきたのはまぶしい日の光。
やがて目が慣れると見渡す限りの湿原が現れた。
ここはヌメーレ湿原。
通称"詐欺師の塒"


「そいつは嘘をついている!」

気絶したサルを手にした男がサトツさんに向かって指をさし、言い放った。
さっそく詐欺師がだましにかかったみたいだ。
何も知らない受験生の間に同様が走る。
指差された本人が黙ったままなので、ざわめきはさらに大きくなった。
サトツさんは無表情でただじっと男を見ているだけ…。
「私が試験管だ」と一言言えば、こんな無駄な時間をとらないですむのに‥。
やっぱりこれも試験の一環なんだろうか?


「これを見ろ!」

男が受験生に見せ付けたのは手にしていたのは猿。
手足が長く、大きさは同じ猿のニホンザルよりも明らかに大きい。
彼いわく、こいつは人面猿というらしい。
…実は彼自身もソレなんだけど。



そのことは"漫画"を読んで知った。
知っているからこそ、今こうして落ちついていられる。


けれど、もし"漫画"の知識を持ち合わせていなかったら、あたしはどうしていただろうか。


戸惑った?
冷静に考察できた?
男のいうことを鵜呑みにした?


多分―――‥





‥だっけか?」
「ん?…あぁ、なんだ裸男さんか」
「変な名前付けてんじゃねぇよ。レオリオだ。レ・オ・リ・オ!…俺な んかで悪かったな」

ふんっ!と鼻息荒く腕を組むレオリオ。
驚いた。自分から名乗ってくれるだなんて…。
というかいつのまに目の前にいたんだろ?と周りを見渡してはっとした。
どうやら、ぼーっとしていて周りが見えていなかったみたいだ。
もう受験生は走り出していた。
青い点が遠くの方に見えた。

あわてて走り出そうとして、何かにつまずく。
それは血のにおいのした、柔らかいモノだった。

これは―――…


「おいおい大丈夫か?ほら、早くいくぞ!見失っちまう」
「あ、うん‥」

ぱしっ!

ぐいっと腕を引っ張られる。
突然のことに驚きながらも、沸々とうれしさがこみ上げてきて何もいえなかった。
嫌いなやつのことなんて気にもとめないだろうから――‥少なくとも嫌われてはいないようだ。
自分の心配よりも他人の心配をするなんて実にレオリオらしい。
後々、試験をする上で、ライバル――‥敵になるかもしれないのに見捨てないなんてね。

「…何がおかしいんだよ?」
「べっつに〜?」

ここまでやさしい人だと裏切ろうという気さえおきない。
手を引かれるがままに身を任せる。
今だけは、クラピカの視線が突き刺さるのもたいして気にならなかった。















「レオリオ、クラピカ、あのカラス喋ってるよ!!?」
「あーあーそうかよっ」
「…ホラガラス。嘘を並び立て、獲物を罠に誘い込んで殺し、死肉を漁る」
「へえ…」

レオリオは走るだけで精一杯といった感じだ。
クラピカは必要最低限のことしか答えてくれないけれど、シカトしなくなっただけいいというものだ。
…嫌われるようなことをした覚えはないんだけど、相手が嫌がっているのだから仕方ない。

ヌメーレ湿原は不思議な生き物が山のように生息していた。
右を見れば、ものすごくデカい蛙。(こいつは生まれてくるサイズを間違えてしまったに違いない)
左を見れば蝶々と戯れている人。(…綺麗なものだからといって油断せず、殺されないようにしようと深く胸に刻んでおいた)
試験官の走ったコースをたどらなかった者たちの末路は悲惨なものだった。
…もっとも、霧で走者の後姿が見えづらくなっているから、列を外れてしまうのは仕方がないことなのかもしれない。



「レオリオー!クラピカー!キルアが前に来たほうがいいってさー!!」
「馬鹿野郎!行けるならもうとっくに行っとるわい!!」


前方から聞こえた男の子としては少し高めの声。
その声にレオリオが大声で応える。

…どうしよっか?

そろそろヒソカが試験を開始するはずだ。
レオリオ、クラピカ、ゴンは"漫画"で助かっているから命の保障はさ れている。
でも、あたしはどうだろう?
怪我をするのかさえ…殺されるのか、生かされるのかも、わからない。
他人の未来を知っていても、自分の未来を知らないなんて…役に立たないじゃん。
ヒソカに会ってみたいのは確か。
でもヒソカと戦いたくないのも確か。
‥戦えば殺されるのは目に見えているから。
命を投げ出してまで、彼に会おうとは思わない。


―――‥逃げよう。





「…レオリオとクラピカは他人に助けてもらって楽に先に進むのとさ、つらくても自力で前に進むのどっちがいい?」
「まぁ、時と場合にもよるが…自分で頑張る方だな」
「…私もだ」

やっぱり愚問だったかな?
あたしが手を引っ張って、前に連れて行ってあげてもよかったんだけど "つらくても自力で前に進む" 彼らのことだ。
2人ともあたしの案には乗らないだろう。
…最終確認は済んだ。
これから"漫画"で書かれていたとおり、彼らにはヒソカと戦ってもら うしかない。


「…―――そっか。あたし、前のほう見てくるね!レオリオ手をつないでいてくれてありがと」

躊躇いながらも、手を離す。
レオリオが驚いたような顔をしてあたしを見た。
彼に感謝の意をこめて、ちょっとだけ口元をあげて笑ってみる。

「またあとでね!」

こうするしかないんだ。
仕方ないことなんだ。
あたしはあたしを守るために、危険から―――…身を守っているだけなんだ。
そう、自分に言い聞かせる。
けれど本当はわかってるんだ。
危険なことから逃げることは、臆病で弱い自分を認めているということを。
生命の危機にさらされ、彼らの信頼を裏切ってるってこと。
…あたしはあたし自身が大切で、あたしはあたし自身が一番可愛いんだ。



「…ま、人間なんてそんなもんでしょ?」


あたしには生き残らなきゃならない理由がある。
生き残って、イケメン&キューティクルな美の彫刻たちをこの記憶に刻むのだ!

ま、まぁ‥どんな理由にせよ、生きる理由がある限り あたしは安全な道を選ぶ。







「うわぁああああああ!!!!」
「ギャーーーーー!!!」


今走ってきた方から悲鳴が聞こえてきた。
ヒソカが試験を開始したらしい。
間一髪ってとこかな?
あとはシナリオどおりに進んで彼らの無事を祈るばかり…
レオリオのあの顔が脳裏に焼きついたまま、霧のせいで視界が悪い湿地を思いっきり走る。
周りに細心の注意を払いながら。
















BackNext