体育祭ではヒーローで、マラソン大会では悲劇のヒロインだった。
それが今や…







H×H





「トップだよトップ…うふふ」

気分は上々。
順位は上も上。なんと先頭だ。
試験管であるサトツさん。
その背中をロックオンしたまま一定の距離を保ちつつ、あたしは走り続けている。
長距離なんてトラック1周しただけでへばっていたあたしがものすごい長距離を走れている。
しかも全然疲れない。
地面に足をつけるのが面倒になるくらい身体が軽いのだ。
まだ余力を残しているにも関わらず、トップ…まさに奇跡。
たしかにハンゾーの隣を歩いていた時に身体が異常なくらい軽いなァとは思ったけど‥――
これが重力加速度の違いってやつ?

息も切れない。
汗もかかない。
心拍数も上がらない。
それは人間じゃないみたいで怖いけれど…あたしにとって心強い能力であることには違いない。
本気でジャンプしたら、どこまで跳べる――‥いや、飛べるのだろう?
とりあえず、ここで跳んだら天井に衝突してしまうのは確実だろう。
‥ヌメーレ湿原ででもやってみようか?
大気圏を越さない程度に。



サ〜トツ〜♪ サ〜トツ〜♪
たぁ〜っぷぅ〜りぃ〜  サ〜トツ♪


【キュ○ピー マ○ネーズ】のたらこの替え歌を頭の中でリピートしながら、試験管であるサトツさんの細い身体のラインを観察する。
それなりの速度なのにペースを乱さず一定の速度で走る姿はさすがハンターといったところか。
ちなみにたらこの歌に特別な意味はない。

こんな感じで身体は羽のように軽く、心は――もうなんていうか――軽くぶっ飛んでいる。
ホントにもう嬉しくて嬉しくて仕方なくて、終始ニマニマしているあたしをキモイと言うなかれ。
(口に出してはこないが…実はもうすでにそのせいで、周りの人はみな半径1m以内に近づこうとしない)
まぁそんなところがたまに傷だけど、そのおかげでむさ苦しいおっさんたちに囲まれないですんでいるんだから結果オーライでしょ。





それにしても…


「…まだかなぁー?」

後ろを振り返り確認するが、お目当ての子たちの姿は見えない。
ぶっちゃけサトツさんのケツにはそろそろ飽きてきた。もういい。いらない。
今のあたしが必要としているのはピチピチのお肌と若さだ。
生つんつん頭と猫眼な銀髪美少年たちはいま何処に。
…そろそろきてもいい頃だとおもうんだけどなぁ?


「暇だなァ。テンション下がっちゃうなぁー」
「余裕ですね。お嬢さん」
「…えっつぁ。えっつぁだと?

自分で言っておいて、自分でツッコんでしまった。
ちょっとFF6の○ッツァーを思い出して、そっちの世界に行くのも悪くなかったかなー
なんて思っちゃったのは一瞬だけです。
いやホント気の迷いです。血迷っただけです。
だって、もくもくと前を走っていたサトツさんがいきなり話しかけてきちゃったりしたもんだから天パっちゃってさ。
…でもホントにこの人が話しかけてきたのかどうか疑わしくなった。
だってサトツさん、口がない。
口がないのに声を発することなんかできるわけな…

「それなりに速い速度で走っているつもりなのですが、汗一つかかないとは素晴らしい」
「い、いえ、それほどでも…」

見た?
見た見た今の!
口がないのに声は聞こえたよ!?
すごい‥すごすぎる…!
てかまさかサトツさんのほうから再度話しかけてきてくれるなんて思わなかった。
嬉しすぎてまたテンションが上がってくる。
クルンと形の整ったおひげがとてもチャーミングです。
…やっぱり奥さんとかいるのかな?
あーでもいそうだな。
まぶたを閉じたら容易に想像できた。
サトツさんにはこどもも2人くらいいて、きゃっきゃしているその子たちを微笑しながら見つめて、奥さんがお茶を入れて…ってなかんじでお庭で優雅にティー タイムとか楽しんでそう。
それで一家団欒な時間を過ごしてさ、お抱えのバイオリストが隣で生演奏をしちゃったりなんかしちゃうわけだよ。あーいいねぇいいねぇ。セレブな暮らしだ ねぇ。
(中世の貴族…てか音楽家を想像したのはけっして髪型のせいではない…わけではない)


でもゴメンサトツさん。
あたし子持ちは無理なんだ。


と脳内で謝罪をいれてから レ ッ ツ ト ー キ ン グ ! 
…しようと思ったのに、サトツさんは再び前を向いてしまっている。
あれ?なんで?どういうこと?
というわけで立ち止まってよく考えてみる。

夢だったはずはない。
妄想だった…可能性はなきにしもあらずだが、たぶん違う。
じゃあ、なぜ?


「ん?階段…?」

いつのまにやらあたしたちは階段を上っていた。
さっきまでは平らな地面を走っていたというのに…
あ、もしかして長い間妄想しててほったらかしにしちゃったからサトツさんまた戻っちゃったってこと!?
うわ最悪だ。なんてこった。ありえない!
あたし最悪じゃん!
は、早く追いかけないと…!

終わりの見えない階段を見上げ、ちょっとやる気をなくした。
(だってどこまでもどこまでもずっと階段が続いていて―――…ホントこんなものを作らせたネテロ会長はいろんな意味で強いと思うよ)
けれど走らないと。
そして早く追いついて、サトツさんとトーキングするんだ!

というわけで力を溜める。
ちょびちょび走っているだけではすぐには追いつけないと思ったから…だから思いっきり力を溜めて…!


ゴンッ!!
「痛ぁっ!!?」

階段なので斜めに飛んだはずなのに、頭を激しくぶつけた。
我ながらすごく威勢のいい音だと感心しつつも、ずきずき痛む頭を心配する。
・・本当に割れるように痛い。
ゆっくりと自然落下する身体を階段の端っこに移した。
手を頭の後ろにもって行きぶつけた箇所を触る。
すると、ヌルッとした感触が伝わってきた。
手を目の前に出してみると血がこびりついているのが見えて…言葉をなくした。

「…本気で跳んだらやばいってこと?」

誰に問うわけでもない言い放つ。
そんなあたしを横目に見ながら懸命に階段を上り続ける受験生。
そうだ。サトツさんどうのこうのより、とにかく前に前に進まなきゃいけないんだった。
止まっていたらどんどん抜かされ着実に順位が落ちていく。
どうせならいい成績で試験を通過していきたいし、ましてやハンター試験に落ちるなんて言語道断。
あたしは何があってもハンター試験に落ちるわけにはいかないんだから。
行く場所がないし‥それにここに来た意味もなくなるしね。
今度は力を加減しながら、また飛び始めた。





頭を打ったことがトラウマになってあまり高くは飛びなかったけど、それはそれでよかったと思う。
頭をぶつけることはなくなったし、受験生の顔も確認できたし。
(途中で「ねぇ君◇」と声をかけられ、追いかけられ、死ぬ気で逃げたのは――‥白昼夢であって欲しい)
もうそろそろ先頭集団に追いつく。
=サトツ&ゴン&キルアに会える。


…うふふ。


「んー…でもちょっと待てよ?」

レオリオが裸ネクタイしているのって、この試験だけじゃなかったっけ?
よく覚えてないけれど、確かそうだったと思う。
だとしたら今見ておかないと損じゃん!
今なら万が一目に毒だったとしても、クラピカという名の癒しがあるし。
これはもう待つしかないな。うん。










「どりゃ〜〜〜〜〜〜!!!」

靴紐を結ぶふりをして早数分かそこら。
お目当ての人物と思われる雄叫びがやっと聞こえてきた。
ちらっと振り返ってみると、本当に裸ネクタイ姿で走っている男が!
痛い…痛い映像だよこれ。
レオリオはかなり速いスピードで近づいてくる。
でも…なんだ。
意外とイケメンじゃん。
漫画で言っているほどおっさんでもないし…いいんでない?
無駄な肉もついていないし、めかしこめばかなりの色男になるのに…もったいない。
宝の持ち腐れだね。自分の魅力に気付けば化けるかもしれないけど。

「ん?」
「あ」

目が合った。
‥ちょうどいい。一緒に走ることとしよう。
意気揚々と走り出す。
全身汗だくで全力疾走する自分に対し、涼しい顔で隣を走るあたしの存在が気に食わないのか、レオリオは走るスピードを上げた。
とは言っても、あたしにとっては余裕で走っていけるスピードだ。
ふふんと勝ち誇った顔でレオリオを見下してやる。
(よく考えたら第一印象大悪だなおい)


「…んだよ」
「別になんでもないですよ〜」

案の定怒っちゃった。
これはまずい。
フレンドリーにしようと思ってたのについ大人気ない行動を取ってしまった。
大人になれあたし!


「お名前、なんていうんですか?」
「…は?」
「え、いえ、名前ですよ名前。あたしはっていいます」
「………」

…なぜそんな胡散臭そうな目で見る老け顔の19歳夢医者よ?
私はただ名前を聞いただけだぞ。
しかもあたしが先に名乗って不審じゃないように気を使ったというのにさ。
君とは仲良くなりたいのだよ。
だって将来医者でしょう?これは友達になっておいて損はないと思うんだよね。
まぁ…後ろできつい目をしている金髪美人とは仲良くなる気はないけれど。
後々行動が制限されそうで嫌だから。
敵にまわす必要性は0だからぼちぼち仲良くするつもりではいるけどねー。


「(仕方ない、か)…ま、同じ受験生同士、頑張りましょうね」

じゃあ。
と言い残して先を急ぐことにした。
レオリオは少し拍子抜けした顔をしていたが、まぁ今回はしかたない。
後ろの金髪美人からの警戒の視線がずきずき突き刺さって痛かったから。
うーん…最初から仲良く慣れるとは思っていなかったけれど、クラピカの警戒心はハンパないな。
あんな露骨に警戒されていたのでは喋る気もうせてしまうというものだ。
確かに階段を十数段抜かすとかいう人間離れした芸当をしたりもしたけれど、それは彼らは見ていないはずだし…言動が怪しいのは今更。

―――…でも、あれが普通の反応なのかもしれない。

常に気を張っていないと、ありとあらゆる危険から身を守れない。
あたしが住んでいた世界とはまるっきり違うルール。
これから、あたしが身に着けなければならないことの1つ。
…うー、だからといって、やっぱ友達いっぱい作りたいし…。
警戒心は臨機応変で持つということで。


「あ、そういえば、あたしの“念能力”ってどうなってるんだろ?」

“念”
それもまた、身に着けなければならないことの1つ。
灰色の空間で、ステータス値を決定する紙に特殊能力の欄で書き込んだ。
でも、念を使えているのかいないのか、いまだにわかっていない。
全くもって、困ったものだ。
念を自己流で覚えるのは‥決して得策だとは思わない。
自己流で覚えて、変な癖がついたら後々直すのが大変になるに決まっている。
それに“念”は自分1人で覚えられるような代物じゃない。
たとえ、どのようなものなのか知っていたとしても…それはうわべだけの知識だ。

必要なのは指導者―――…

望む事ならかなりの使い手がいい。
けれど、なかなか教えてくれそうな人がいない。
ハンター試験を受けている念能力者なんてヒソカとイルミくらいしかいないし…。


「…ダメもとでサトツさんにでも聞いてみようか?」

先頭を行っているであろう青い頭の試験管に思いをはせる。
彼は立派なプロハンターだから、もちろん念は使えるはずだ。
教えてくれない可能性のほうが高い気はするけど、やるしかない。
ヒソカorイルミの究極の選択なんてしたくないからね。
…あの2人、スパルタっぽいし。
サトツさんにあまり迷惑はかけたくないから1次試験が終わ……って、あたし受験料支 払ってない!!
そうだ!走っている受験生たちを見ていて思い出した。
しかもお金を払ってない上に、申し込みさえしていない。
そして、追い討ちをかけるようだけど‥お金を1銭も持っていない。
…サトツさんに尋ねることが1つ増えた。

とりあえず…1次試験が終わるまでは考えないでおこう。

サトツさんの隣で楽しげに喋っているであろう主人公たちに会うために速度をあげた。
生足万歳。若いっていいね。

















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