漫画、小説、ゲーム、ネット‥。
退屈をしのぐにはちょうどいいそれら。
でも楽しめるのは空想の世界に浸れるからであって、それは現実逃避に他ならない。
だからその世界に入ったら、少なからず世界観が変わる。
だってその世界が現実となるんだから。
H×H
「ここは―――…」
浮遊感がなくなったかと思うと、次の瞬間見知らぬ街にいた。
太陽の光が眩しくて目がしょぼしょぼしたけれど、しばらくすると目が慣れてくる。
人通りは結構多くて、衣服が変なことと看板が日本語でないことを除けばいたって普通だ。
街中に“ハンター文字”が溢れかえっている。
…無事に転送されてよかった。
森の奥や廃墟に送られたらどうしようかと思ったし。
「ここなら飢え死にしなくて済みそう…」
なにより危険じゃないしね。
独り言をつぶやくと、通行人のおばさんに変な目で見られた。
…あたしから見たらおばさんのファッションの方が変だと思うけどね。
ふと自分の姿が店のショーウィンドウに映っていることに気付く。
それを見て、今あたしがどんな服装をしているのかわかった。
…部屋着かよ。
部屋で寝ころんでいた時のままの格好だった。
つまり、第二ボタンまで開けられたワイシャツにネクタイが緩めに締めてあり、その上にPUMAのジャージを羽織っているというなんとも微妙な格好だ。
靴は履いてなかったはずだけど、つい最近買ったばかりのスニーカーが身に付いていた。
ジャージのチャックを閉めれば普通‥だろう。と上に引き上げる。
なにしろこの世界のファッションの基準がわからないからなんとも言えない。
欲を言うなら、もっと可愛い格好がよかったんだけど‥。
そういえば…ここ、何処だろ?
ハンター文字なんて全然読めない。
かじる程度にはわかるけど…それでもア行程度だし。
まぁ、周りの雑音はちゃんと日本語で聞こえているから言葉は通じるでしょ?
そんな風に気楽に考えて、ちょうどいいタイミングで通りかかったスキンヘッドの男に話しかける。
「あの、すみません!」
「…俺?」
男は自分のことを指差して驚いた様な顔をしている。
彼の顔と仕草があっていなくて、思わず吹き出しそうになった。
スキンヘッドの人は怖いイメージがあったけど、イメージなんてものはあてにならない。
「そうです。…あの、ここの地名を教えてもらえますか?」
「は?ここはザパン市だけど‥」
ザパン市。
そこにはハンター試験の会場へと続く店がある。
‥もしも年代が違えば、ゴン達が受ける試験はまだ始まってないかもしれないし、すでに終わってしまっているかもしれない。
けれど、もしかしたらこの日がたまたま試験日かもしれないから‥
(ウサギもそんなこと言ってた気がするし)
だからなんとか会場まで辿り着きたい。
考え込むのを止め、男の様子を窺うとこちらをじっと見たまま動いていなかった。
どうやらあたしのことを不振に思ってるらしい。
そう顔に書いてある。
…この人絶対強化系なんだろうなぁ。
「“めしどころ ごはん”ってステーキ屋知ってます?」
「…まぁ、知ってっけど」
言葉を聞くや否や、男は胡散臭そうな顔をした。
“めしどころ ごはん”に何か思い入れでもあるのか、それともこの人もハンター試験受験者なのか。
…どっちだっていいか。
とりあえず今は情報が得よう。
あわよくば目的地へのガイドも一緒に。
「そこで友達と一緒に待ち合わせしてたんですけど迷っちゃって…。もしよかったら道を教えてもらえません?」
とっさについた嘘。
騙してるみたいで悪いんだけど…でも、そうしないと試験会場まで辿り着けないから。
だからちょっとだけ嘘をつく。
心の中で謝りながら。
「…別にいいぜ。俺もちょうどその店に用事があるし、ついてこいよ」
「あ、じゃあお言葉に甘えて…」
ガイド&試験会場までの道確保!
と内心ガッツポーズを取りつつ、頭を下げてお礼を言う。
「俺はハンゾーってんだ」
「ハンゾー!?」
「何だ?」
「あ、いえ…私はです」
頭を押さえながら苦笑する。
ハンゾーの横に並んで歩く。
漫画の登場人物である彼と一緒にいられるなんて夢のようだ。
…この人がハンゾー。
どうりで表情豊かなハゲなわけだ。
ハンター×ハンターの世界に来て、初めて出会ったのがクロロで、それに続きハンゾーに会えたあたしって…ある意味ついてる?
「ハンゾーさんは何しにこの街へ?」
「俺?俺は―――‥あー…観光、だな」
「じゃああたしと一緒ですね!」
目が宙を泳ぐ。
明らかに嘘っぽい。
やっぱりザパン市に彼がいて、観光にきているわけではないのなら…ハンター試験があるってこと?
でもハンゾーが仕事をしにきているという線もある。
ハンター試験を受けられるならただでステーキを食べられるし、萌キャラに会えるしで万歳三唱なんだけど‥問い詰めたら可哀想。
ハンゾーの口を割ることは無理だとしても、口を滑らせることは可能だと思う。
でもそれじゃ親切にしてくれた彼に悪い。
なんにしても、店について注文をすれば分かることだ。
「ハンゾーさんは忍者なんですか?」
「忍を知ってるのか!?」
「え、まぁ‥知識だけは」
JUMPでNARUTO読んでたからね。
少しくらいはわかりますよ。
「ってことはあんたジャポンの生まれじゃないのか?」
「近い所に住んでたんですよ」
ジャポンではなくてジャパンにね。
ハンゾーはテンションがかなり高くて、あたしとすぐに意気投合した。
自分の出身地が知られていたのが嬉しかったからか、ハンゾーはとても多弁だった。
主にあたしが聞き手で、ハンゾーが語り手。
彼の話からジャポンという国が日本とはかなり似通っていることがわかった。
忍については基本的なことばかりで多くを語らなかったけど。
微妙にNARUTOの忍とは違って、少しショックだったなぁ…。
(チャクラなんてこの世界にはないもんね‥代わりに念があるけれど)
その後もハンゾーは一人でペラペラと喋り続け、彼の話は店に着くまで続いた。
「ここだぜ」
「あぁ、どうもありがとうございました。どうです?良かったらステーキの一枚くらい奢りますよ?」
「いや、悪ぃから遠慮しとく。それに今日はちょっと予定があるからまたいつかな」
「そうですか。それじゃあまた………」
後で会いましょう。
ハンゾーが暖簾をくぐり店内へ入ったのを確認してから小さくそう付け足す。
彼と同じエレベーターには乗りたくなかったので、少し時間を置いてから入ることにした。
お昼時なこともあって隙間から見える店内は満席状態。
やっぱり昼からステーキを食べるOLの姿はない。
ギュルルルル――…
「…そろそろ行くか」
腹の虫が出した合図に従い、来たことはないけれど知っている店内へ。
肉の焼ける香ばしい匂いが鼻腔を付く。
思わず涎が垂れそうになった。
まだ、晩御飯食べてなかったからなぁ…―――
「おじさん、ステーキ定食ふたつ」
「‥焼き方は?」
「弱火でじっくり」
「一名様、奥の部屋にどうぞ!!」
美味しそうな匂いが漂う店の中をバイト店員のお姉さんを追って歩いていく。
漫画で読んだ通りの展開になりそうだ。
ガコン。
案内された部屋に入り席に着くと、部屋が揺れだした。
エレベーターが動き出したのだろうと機械音を聞きながら察する。
…これで食い逃げしないですみそうだ。
安心して肉を口に運びながら到着するのを待つ。
試験会場まで秒読み――‥
ハンゾーのナンバーは200番台後半だったから、あたしは300番台前半のはず。
主要キャラでもう既に来ているのは…ヒソカとキルアくらいかぁ。
ゴン・クラピカ・レオリオは400番台だからまだ当分先だもんねぇ…。
「止まらないなぁ」
少し厚めに切ったステーキを口に放り込む。
ハンター試験は毎年死者が出るって漫画に描いてあったけど、あたしも下手したら死んじゃうのかな?
…いや、先に起こることを知っているから危険を回避すれば死なないでも済むはず。
テストでカンニングペーパーを堂々と持ってるようなものだしきっと大丈夫だ‥と思いたい。
最後の一切れを口に運ぶ。
これで0.5kgは太ったな‥。
まぁ、これからマラソンで消費するからいっか。
チンッ―――…
エレベーターの動きが止まる。
どうやら会場に着いたらしい。
ドアが開くと、結構な数の人がいた。
よし、頑張るぞ!
目指すはもちろんハンター試験合格。
「こちら、ナンバープレートになります」
「あ、どうも」
エレベーターの降りてすぐの所にいた豆さん(見たまんま命名)にプレートを貰う。
番号を確認した後、自ら受験者の波に入った。
男がわんさかいるここでは女というだけで嫌でも目立ってしまう…。
適当な場所で壁により掛かり、ため息をつく。
…視線が痛い。
あちこちから見られいるのがわかる。
これじゃ命よりも精神が危機だよ…。
眉間に寄ってしまったしわをほぐしながら再びため息。
下を向いていた顔をあげると丸鼻のおやじと目が合った。
…トンパだ。
缶ジュースを持ってるから間違いない。
どうやらあたしと話たいようで、近寄ってきた。
「なぁ、君ルーキーだろ?俺は」
「トンパさんでしょ?新人潰しの。あたし不細工な男には興味ないんで‥消えて下さい」
聞き覚えのあるセリフを直に聞けたのは嬉しかった。
漫画の世界に自分がいることの実感が沸いたから。
でもトンパのことは今も昔もこれからも好きになることはないだろうから、きつい口調で突き放す。
あたしに必要なのは美少年と美青年と萌えだ!
「ま、まぁここで会ったのも何かの」
「あなたとはなんの縁も持ちたくありません」
きぱっと言い切る。
そうでもしないと彼は食い下がらない気がしたから。
でもトンパは脂汗をかきながらも去ろうとはしない。
心身ともに不細工なこの男と一緒にいたら、目が腐りそうで嫌だった。
「お願いだからどこかあたしの目に付かない所に行って下さい…」
「わ、わかった。じゃあこれお近づきの印の」
「毒入りのジュースなんていらないです。サヨナラ」
毒が入っていることを言い当てられたから、トンパは諦めて去っていった。
だいたい“お近づきの印”が缶ジュース一本なんて安すぎだと思う。
あたしでさえ引っ越ししたときにアタッ●のギフトをお隣さんにあげたよ?
…こっちには売ってないだろうけどさ。
目を瞑って壁に寄りかかると、ザシュッと何かが切れた音がした。
あまり離れていない所からだ…
少し間をおいて悲鳴が上がった。
悲鳴というよりは絶叫に近い。
「あら不思議◇腕が消えちゃったv」
目をやると、奇術師がニコニコ笑いながら楽しそうに喋っていた。
ヒソカが受験生の腕を切り落とした場面だったらしい。
幸い受験生の切り落とされた腕とその人の顔は見えなかった。
グロい物を見ないで済んだことに安堵のため息が出る。
そういう部類の物を見るのは極力避けたい。
たとえ、いつかは見なければならない時がくるとしても――‥それは今じゃない。
ジリリリリリリリリ―――…
「‥走るの嫌だなぁ」
サトツさんの最終確認が終わり、いよいよ走り出す。
遠くに見える青髪が動き出した。
ダンダンダンダン
受験生の走る際に鳴らす地響きが、大嫌いなマラソン大会が始まりを告げた。
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