光に向かって走る。

ただ、走る。

ひたすら、走る。







H×H





暗闇の中に一カ所だけ、光の射し込む場所があった。
ほんのわずかな光だったけれど、ずっと真黒い世界にいたあたしにとっては眩しい位の光だった。
…らしくない台詞だけど、“希望の光”だったんだ。


「ここから出られる…」

無意識のうちに口にしていた。
抱えていた膝を離し、光に向かって一心不乱に駆けだす。





夢だったのか――‥
現実だったのか――‥
判断出来なかった。

眠っているのか、起きているのかさえもわからなかったから。






「こんにちは」

白い光の元に辿り着くと、そこにはウサギがいた。
椅子に足を組んで座り、新聞を読みながらコーヒーを飲んでいる姿はさながら英国紳士だ。

「…なんであんたがここにいるのさ?」
「“仕事くらいちゃんとこなせ”…との苦情がきたので」
こなしにきましたよ。


そう言い捨てて面倒くさそうに立ち上がった。
指をパチンと鳴らし、テーブルと椅子を消す。
そして、あたしが来た方と正反対の方向を指差した。
ウサギは首だけをあたしに向けて、営業スマイルで刺々しく言う。

「離れないでしっかりついてきて下さい」


ずいぶん喧嘩腰だけど…あたしの言葉が相当気に入らなかったのかな?

「ってあたし不満口にだしてたっけ?」
心の中でだけ愚痴った気が…
様の希望する時は“HUNTER×HUNTER”の“試験”でしたよね?」
「…まぁ、そうだけど」
「では今は1分1秒惜しい。走って下さい!」


ウサギが空中を飛んだ。
そのウサギの行き先を照らし出すかのように、光が滑る。

…あたしの質問は完全無視ってわけね。

光が見えなくなる前に、ウサギを追って走り出す。
走る速度は全力疾走でやっとついていけるくらいのスピード。
…最後までもつのかなあたし。
短距離よりも長距離の方が得意だけど、さすがに全力疾走じゃ長くはもたないぞ?
そんなことを思いながらも、とりあえず走るしかない不憫なあたし…。





1分経過――‥






5分経過――‥







10分経過――‥






「っく!いつまで走らせれば気がすむんだ!?」

体内時計が15分経過したと告げた頃、いい加減体力が底をついた。
どこまでいっても変わり映えのない暗闇が精神的な面であたしを追いつめたこともあり、心身ともに限界を迎える。
足を止めることはしないものの、スピードががくんと落ちた。

「あ―‥もう!!」

光とウサギはあたしとの差を容赦なく広げていく。
その差を埋めようと手足を必死に動かすけれど、ガタがきてるからか思うように動いてくれない…。
足が重くて、だんだん歩幅が狭くなっていく。
酸素が足りなくて、肩で呼吸を繰り返すけれど、それでもまだ足りないのか口から空気を直接取り込む。


…こんだけ走れただけでもあたしにしたら上出来だよね?

全力疾走で1分もてばいいほうだと思ってた。
けど、その十数倍走れたし…。
具体的な数値はわからないけれど、きっとかなりの距離を走ったはずだ。


あたし偉いなぁ…偉いよあたし。


「ここまできたらせめて最後まで走りきりたかったわ」
「ここで終わりですが?」
「え゛…って退け!!」

我に返るとウサギが目と鼻の先にいた。
鼻と鼻が触れ合っていたのは気のせいだと思いたい…。

「終わりってどうゆうことなの?」
「そこに飛び込めば望む時間軸に入り込めます」

ウサギが指さすその場所には何もなかった。
でもよく目を凝らして見るとうっすらと大きな正方形をした何かが見えてきた。
見覚えのある形…。
どこだったっけな…?


「それではよい旅を…――」
「え、ちょっ、待って‥っていないし」

今までそこにいたことが嘘であるかのように跡形もなくウサギは消えてしまった。
いくら仕事が済んだからって‥帰るの早すぎでしょ?

とりあえず、扉へと目を移す。
ウサギがいなくなり照らし出す対象を失ったからか、光はあたしについてくる。
スポットライトを浴びた主役の気分ってこんな感じなのかな?

「‥悪くないね」


シュン――


「あ、酷ッ!!」

自分に酔いしれていると、光は怒ったのか気持ち悪がったのか、とにかくお気に召さなかったらしくあたしから扉へと照らす対象を換えた。
うっすらとしか形を成していなかったそれは光を浴びて実体をさらけ出す。
それは“H×Hの世界”へ来る前に灰色の空間でくぐった門だった。
門といっても立っているわけじゃなくて、地面にベタッと倒してくっついてる感じだ。
扉の縁に立ってみるとなんだか変な感じがした。
…普段扉に垂直に立つ機会なんてないから当たり前か。

「そこに飛び込めば望む時間軸に入り込めます」

ウサギの声が頭の中で繰り返される。
そこに飛び込む=扉の上に立つこと。
開いたらどのくらい下まで落ちるのかわからない扉の上に立つのは気がひける…。
…着地失敗して足骨折しちゃったりして?

「本当にありそうで怖ッ…」

それでもやるしかない。
どこに出ようがここにいるよりはましだ。

女は度胸だ!

「おりゃっ!!」


気合いをいれて大きく跳んだ。



ガタン。

ガコッ!!




凄い速度で落下する。
浮遊感が気持ち悪い…。


先ほどまでとは打って変わって辺りは真っ白だった。
けれど、やっぱり終わりは見えなくて…不安になる。



どうか五体満足のままでいられますように――‥





仏様に祈りながら十字架を切り、垂直に落ちていった。















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