ハンター試験を受けて――‥
友達をたくさん作って――‥
夢の様な時間を過ごして――‥
旅行は終わる予定だった。
それが、出だしから狂うなんて!
H×H
ウサギに言われた通りに扉を開くと、次の瞬間見知らぬ部屋にいた。
造りは洋風。
広さは学校の体育館をちょっと小さくした感じ。
床は大理石で出来ていて、天井までは優に10mを越えていた。
その高い天井までびっしりと本で埋まる本棚は高級感が漂っている。
「おかしいなァ…?」
どうしてこんな所にいるのかさっぱりわからない。
漫画を読んでいた限りこんな場所は出てこなかった。
アンケート項目1で、ちゃんと『HUNTER×HUNTER』って書いたんだケドなー?
もしかしたら間違えた場所に送られてしまったのかもしれない。
そんな考えが頭をよぎり、慌てて部屋の中を探索し出す。
「書斎か仕事部屋ってとこだよね?」
デスクに本。ときたらそれしかないだろう。
しかも家具や所々に飾られているアンティークを見る限り、この部屋の主はかなりのお金持ちみたいだ。
‥何が悲しくてどこの誰とも知らん奴の書斎なんかに旅行しなきゃならないのさ。
ゴンやキルアやクラピカやレオリオ達と一緒に楽しく試験を受けようと思ってい
たのに冗談じゃない。
旅が終わったら、あのウサギに絶対文句を言ってやる!
なんて1人意気込み、視線を下ろした時にふと目に入った本には―――‥
「んなっ!?」
ハンター文字でデカデカとタイトルが書かれていた。
今の今まで違う場所に送られたと思っていたあたしにとって、それはあまりにも突然の出来事。
ただただ、驚くしかない‥。
念のために本棚にある本を数冊取って目を通してみたけれども、全部日本語じゃなくハンター文字で書かれていた。
「こりゃ、前言撤回しなきゃね」
送り先は別として、旅行にきた世界は間違っていなかった。
だとしたら、この部屋に留まっている暇はない。
早く外に出て、情報を集めないと。
少なくとも、今がいつで、ここがどこなのかくらいは知っておかなきゃいけない
あたしの希望したこの世界は、一般人のあたしにはあまりにも危険過ぎるから。
愛キャラたちに会う前に殺されて終わるのは嫌だ。
部屋で唯一の出口であるドアのノブに手をかけた。
ガチャッ。
「どこへ行くんだい」
「えっ…?」
心臓が跳ね上がる。
さっきまでは確かに誰もいなかったはずなのに…。
恐る恐る振り返ってみると、デスクの上に腰を乗せた青年がこちらに向かって微笑んでいた。
‥そういえばあそこは調べてなかったわ。
「君の名前は?」
「…」
少しだけ警戒しながら、簡潔に述べた。
とりあえず状況を把握しないと。と考えを巡らせる。
高い本棚に囲まれたこの部屋で唯一の出入り口は背後にあるドア1カ所のみ。
他に外に出られそうな場所はない。
ここにあるものは棚とデスク、そして無数にある本。
どれも脱出するのに役に立たなさそうだ‥。
…隙をみてドアから逃げよう。
「すみませんけど何処ですか、ここ」
「ここは…まぁ俺の家、かな」
チーン…。
答えを耳にして、頭の中で鐘が鳴った。
あたしってばどこの誰ともわからないよそ様のお宅に不法侵入しているらしい…。
他人の家に不法侵入しているわけだから、いつ警察に突き出されてもおかしくない状態。
そしたら国籍なんて持ってないあたしはどえらいことになり、旅行どころではなくなっちゃう!!
「‥君はどうやってここに来たんだい?」
「へ?えっと‥扉を開いたらここに出ました」
「…質問を変えようか。なにか目的があってここに来たんじゃないのかい?」
「ぇ…たまたま?」
場の空気が変わった。
先ほどまでは暖かかったはずの部屋は、今や寒いくらいの室温となり、指の1本でも動かせば、チクチクと刺すような痛みが伴う。
本当の事言っただけなのに〜!!
男の人は相変わらず笑っているけど、眼光は鋭い。
怒っていると雰囲気が物語っている。
じっとこちらを見据えたまま動かない一対の眼。
全て見透かされそうな気がして嫌だったけれども、視線は落とさないでおいた。
だって嘘はついてないもん。
ってかこの人どこかで会ったことある気がするんだけど…?
イケメンで。
スタイル最良。
傷み知らずの艶やかな黒髪。
額に巻かれた包帯。
…ときて思い当たる人物が1人。
「ク、ククク、クロロ!?」
「へぇ?…俺のこと知ってるんだ」
「なぁんてこったーー――!!!」
本人だよ‥!
幻影旅団団長のクロロ様だよ…!!
そのクロロ様に向かって初対面のくせに大声で名前を呼び捨てにしたあげく、指までさしちゃった…。
あたし殺されちゃう!?
「ドチラ様デスカ?」
「悪ふざけは好きじゃないな」
クロロは慣れた手つきでスルスルと額に巻いていた包帯をといていく。
髪をかきあげると隠れていた逆十字架が現れた。
決死の覚悟で挑んだおとぼけ作戦も微笑むクロロ様に完敗。
笑顔は本来人を安心させる効果があるはずなのに、クロロの笑顔は完璧すぎて恐ろしかった。
きっとこの笑顔の仮面の下にはあたしを殺したがっている本性が隠れて…って本当にありえそうで怖い。
第一印象はとても大切なのに、こんな出会い方ってないよ…。
やっと…ずっと会いたかった人の1人に会えたのに…――
…なぁ〜んて甘いこと考えてられない。
逃げなきゃ殺される。
死んだら全部終わってしまう。
でも生きていればまた会う機会がくるかもしれない。
なら…その機会にかけた方がいいでしょ?
もう潮時かな…?
あとちょっとだけでも話してたかったんだけど…仕方ない。
クロロは戦闘体制のオールバックになっちゃったし。
(タイプじゃないんだよね…)
扉を開いて一歩踏み出すだけでお別れ。
逃げようと思えば逃げられる。
あ、前言撤回。
あたしには多分無理だわ。
こっちは一般人。
相手はNot一般人。
…悪く言えば殺人鬼。ってか人類外。
だって地面と垂直に建ったビルの側面を走っちゃうような人だよ?
そんな人?に追いかけられたら、ドアを2秒で開けたとしてもその間にあたしの首は切り裂かれているだろう。
どうでもいい。と逃がしてくれるならともかく、現状では相手の目が逃がさないって言ってるんだよねー。
「…考えてても時間の無駄、か」
「??」
「クロロさん!お邪魔しま――」
ガチャン
「したッ!!…ってギャーー」
猛スピードで一歩踏み出したそこに床はなく。
頭上に天井は見当たらず…。
結果的に言うと垂直に、落ちた。
反射的にのばした右手が引っかかったから良かったものの…。
普通、部屋側からドアを開けたところにあるのは、廊下か外のはずでしょ!!
なのになんで真っ暗闇なの?
「お〜ち〜るぅ〜〜」
「楽しそうだな」
「んなッ!!」
面白そうに上から見下ろしているクロロ。
普通目の前で人が落ちそうになってたら、手を差し伸べるなりなんなりするでしょ?
この男の目は節穴か??
ってか…クロロってこんな人だったんだ。
なんかちょっと期待はずれ。
「ここから出ることは不可能なんだ。…本来はくること自体無理なはずだったんだが」
そう言ってしゃがみ込む。
そして手を差し伸べた。
助けてくれるということだろうか。
「生きるか死ぬか、選ばせてやる。俺の情報をどこで手に入れた?答えろ」
「それは言わないと殺す、ってことですか?」
「…そうだ」
殺されるくらいなら白状するべきだ。
クロロに本当のことを言って、信じて貰えるとは思えないけど。
でも“言う”って選択肢しかあたしにはないんだから。
「あたしがあなたのことを知っているのは本を読んだからですよ」
「本?」
「そう、本です。ほ・ん」
本は本でも漫画本ですが…。
言う必要性はないだろうから伏せておく。
「信憑性に欠けるが…その本は今どこに?」
「どこって、あたしんち」
はっ?というクロロの心の声が聞こえてきた。
表面上には出てないが呆れているのは明瞭だ。
でもそれしか言いようがなかったんだもん。
「全国で数千万部売り上げてます」
なーんて言っても信じてもらえる確率が下がるだけだし。
「しか「いい加減助けて下さいよ。ってか助けろー!!」
おーちーるーー!!!
こうして喋っている間にも、あたしは片手でぶら下がった状態でいる。
結構な時間が経ってるので、右手と右腕の感覚がなくなってしまった。
いつ落ちてもおかしくない。
…限界だ。
差し出されているクロロの手に自分の左手をのばした。
…が、
ツルッ。。。
「ッ!?」
「ギャーーー!!」
クロロが手に汗をかいていたせいで体制を崩し、そのまま暗闇の中へ真っ逆さま。
瞬く間に光の漏れていたドアとクロロの姿が黒に吸い込まれていく。
(…実際にはあたしが落ちてってるんだけど)
そのうちドアとクロロの姿は小さな点になり、そして消えてしまった。
「本当にもう…なんなのさ?」
光のない世界。
足はおろか、手さえ見えない。
自分の体が今、本当にあるのかどうかさえわからなくなる。
楽しい旅行のはずが、恐怖の旅行になってしまった。
バカうさぎ。
仕事くらいちゃんとこなせよ。
あほクロロ。
手が汗でベトベトなんて気持ち悪いことこの上ない。
今度会ったら“変態”って呼んでやる!!
「ぁ…」
でも、また会えるのかな?
たとえ変態でも…出来ることならまた会いたい。
会ったら一緒に散歩でもしたいなぁ…。
ピリピリした空気ではなくのんびりとした時間の中を…。
あんな喧嘩腰の言葉のやりとりじゃなくて、他愛のないどうでもいいような会話を…。
「楽しめればいいんだけどなぁ――‥」
どうすることも出来なくて、ただその場に屈み込んだ。
Back
l
Next