小学生の時、誕生日に父が買ってきてくれたプレイステーションとソフト。
漫画もゲームも知らなかった私にとって、それは夢の機械だった。
父と一緒に遊んだ。
協力してボスキャラを倒して喜んだ。
面白かったら顔を見合わせて笑った。
悲しい時には涙した。
ゲームなんて…
と軽蔑する人もいるかもしれない。
けれども、たった1本のゲームは、私達親子にたくさんの思い出を残してくれた。
父親との大切な思い出…。
あの頃に戻りたいと、何度思ったことか。
あのぬくもりを
あの穏やかな時間を
幾度求めたことか。
もう二度と会えない。
どれほど祈っても、その姿を見ることさえ許されない。
今はただ、厳しい現実だけを見て ただ1日1日を生きるだけ。
チョコチョコ大冒険!
「さん、荷物の詰め込み終わりましたよ」
「…あ、はい」
引越し。
4月から都内にある某有名大学への入学が決まったため、慣れ親しんだこの家から離れなければならなくなった。
ごちゃごちゃと散らかっていた室内は、怖いくらい何もなくて…なんだか不思議な感じだ。
窓の側には観葉植物が置いてあって、隣には修学旅行先で購入したちっちゃな時計が5分遅れたまま時を刻んでいた。
本棚の上に置いていた写真は、友達と一緒に馬鹿みたいに笑ってる。
んー‥あと、海に行ったときの集合写真も端っこに置いてたっけ。
テレビとソファーを挟んであったテーブルにはあやうく小火騒ぎになりかけたアイロンの跡がくっきり残っていて―――
(今じゃ笑い話だけど、あの時は本気で焦ったなぁ)
寂しい。
まぶたを閉じれば、室内はいつもの散らかったままの私の部屋なのに。
…嫌になっちゃう。
これから知らない人がきて、ここに住んで、生活するなんて考えられない。
できることならずっとここにいたかった。
「そちらのダンボールは乗せないでいいんですか?」
「あー‥これはいいです。置いてっちゃうんで」
「そうですか。では私達は先に出発しますので」
「よろしくお願いします」
業者さんを見送った後、1つぽつんと残されたダンボールを見つめる。
他の真っ白なダンボールとは違い、1つだけ年季の入った茶色のダンボール。
荷物をまとめた時にも、これだけが異色を放ってた。
もうかれこれ10年近く開けたことがない。
中には父親がいなくなって以来、する機会がなくなったプレステが入っている…はず。
もしかしたらそれ以外のものも入っていたかも知れないが、もうずいぶん前のことだ。
そこまで記憶力はよくないから覚えていない。
「大切な思い出の品…」
あんなにのめり込んでやったゲームなのに、父親がいなくなってからは1度もやっていない。
そのソフトだけではなく、【ゲーム】というもの全てにおいて接していないのだ。
今ではPS2やらPS3やら色々なものが出ているみたいだが、ニュースや広告で見た程度しかない。
これまでなんとなく捨てられないでいたけれど、いい機会だから捨てよう。
でもゴミ捨て場に捨てるのは忍びないから、部屋に残したままにしよう。
そう決心したのは過去と決別するため。
現実と向き合って、これからを生きていくため。
「バイバイ今までありがとう」
部屋に。
ダンボールの中の思い出に。
お別れを言って背を向ける。
――‥キュルキュルキュルキュル。
「………?」
聞き覚えのある音。
向き直ると音はダンボールの置いてあるところから音が聞こえる。
なんの音だったか。
遠い昔に聞いたことがあるはずなんだけど、思い出そうとしても思い出せない。
ゆっくりとダンボールの方に近づいていく。
やっぱり音はダンボールの中から聞こえてくるみたいだ。
聞き耳を立て、確認してもそうだった。
…どうしよう。
開けるべき、かな?
けれどもなんだか怖い。
10年近く放置していたダンボールの中から聞こえてきた怪音。
今までこんなことが起こったことはない。
長い間近くに置いてあったら、1度や2度こういう場面に遭遇してもおかしくないはずだけど…
もしかしてこれまでも何度かこういうことがあったけど、たまたまいつも私がその場にいなかっただけ、なのかな?
業者の人はもう行ってしまったし、助けは求められない…。
キュルーキュルーキュルーキュルー―――…
「…女は度胸だ」
ゴクンとつばを飲んで、心の準備をする。
お化けが出ようが(嫌だけど)
腕が不自然に曲がった喋るリカちゃん人形が出てこようが(無理無理無理無理)
皮膚が腐って「あ゛ーぁ゛ー」言ってる気持ちが悪いゾンビが出てこようが(目玉出てたりするんだ、よね…)
きっと 私は大丈夫だ。
最初から覚悟を決めていれば怖くない。
怖くない。
怖く、ない。
怖く…な、い。
「んりゃ!」
ビリビリビリビリ!!
ガムテープが勢いよく剥がれる。
目を瞑りながらやってるから何かいるかどうかはわかんないけど、今のところ奇声やうめき声は聞こえてこない。
聞こえてくるのはキュルキュルいってる音だけだ。
…大丈夫、大丈夫。
意を決して目を開ける。
そこにはお化けも、りかちゃん人形も、ゾンビもいなかった。
中にあったのは外見さえ忘れかけていたプレステと、大好きだったソフト。
他には何も入ってなかった。
ここでやっと、聞き覚えのあった音はプレステが発していたのだと分かる。
ソフトが回りだし、読み込み作業をする時に出る音。
昔は電源を入れてから、ゲームがテレビ画面上に映し出されるまでの時間が待ち遠しくて、長く感じられたものだ。
懐かしいなァ…
そういえば準備色々面倒だったっけ。
コンセント繋いで‥
テレビに黄色とか赤とか白とかのコードを接続して…
スイッチ押して電源を入れるとソフトが回りだしてゲームが始まって…‥
電源を 入れると … ?
「…ッ!!」
一歩後退りして、それ以上足が動かなくなる。
電気なんて通ってるはずがない。
コンセントなんて繋いでないから‥コンセント自体がここに存在していないんだから物理的にありえないんだよ!
どうなってんの!?
プレステはキュルキュルと音を発し続け、ソフトは回り続けている。
嫌だ。
怖い。
ホントにどうなってんだろう。
思い出を、父親とのつながりを消そうとしたから罰が当たった?
まさか、そんなこと…ありえない。
これならまだ喋るリカちゃん人形の方が数百倍ましだった!
そんなことを考えていると、音がピタッと止んだ。
今までうるさいくらいに音がしていたのが嘘みたいにシンとなる。
――オ帰リナサイ。
我等ガ女王――
「お帰り? じょうおう…って何!?」
プレステから声が聞こえた。
それとほぼ同時にプレステが光だし、まばゆい光が私を包み込む。
目を開けていられないほどの閃光に、なすすべなく目を瞑った。
「さん、確認事項を忘れていたのですが…って、あれ?」
部屋の中には誰もいない。
もう行ってしまったのだろうか?
マンションの下にいた自分達に気付かれずにいったいどうやって…
ふと彼女が置いていくと言っていたダンボールに目がいった。
最後にもって行くかどうか聞いた時には封はされたままだったはずなのに、今は開いている。
けれど中身は空っぽ。
「ははぁん?世界が自力で彼女を連れ戻したというわけですね」
部屋に入った時から違和感を覚えていた。
異質なものだからと、自らそれに近づくようなことはしなかった。
装置は機会をうかがいながら、動き出すためのきっかけを求めていた。
おそらく私が引き金になったのだろう。
最後に、ダンボールに触れたことで。
手間が省けた。
仕事は終わり。
「さぁて。ティータイムにでもしましょうかねぇ」
指をぱちんと鳴らすと、元の姿に戻った。
首をコキコキと左右にかしげた後、左右の耳が対称になるようにそろえる。
骨格が違うものに変身すると肩が凝るんだよなぁ‥
なんて一人ごちりながら、自分の部屋へとジャンプした。
Next
あとがき
書きたくて書きたくて、でも書けなくて。
できれば他の連載終わってからにしようと思ってたんだけど、ccFF7発売するし記念って事でw
で、書き始めました。
きっと更新は亀以下です。
でもこれ、濃くなりそうな予感がする(ぇ
父親のことを曖昧な表現にしかしなかったのは、出来るだけ主人公の過去を設定したくなかったからです。
まぁそんなこと言いつつ結構設定あったりしますが…orz
父親が死んでしまったのか、離婚したのか曖昧でしょ?(でしょ言うな
読んでくださっている方々があまり違和感なく読めるような小説を書くことが目標なので。
…目標にするだけならタダですからね、ふふん。
追記:最後に出てきたのは例の兎です。